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戦況は数の利、地の利を掴んだ警備軍の優位となっていた。
とはいえ、アカリはその状況が続くとは考えない。
後続が絶えず襲来している以上、数の上での有利は簡単にひっくり返るのだ。
「(さて、善大王はどんな手を打つのか……見物だねぇ)」
彼女は戦いの行く末を予見しながらも、静観の姿勢を維持していた。
善大王がこの流れを変える手を持っているのか、それとも無策なのか。仕事人は見定める目的を忘れてはいない。
ただ、彼女は違和感を覚えた。
「(しかし妙だねぇ。どうして闇の国は幻術を使わないんだい?)」
自身の気配を消しながらも、魔力の探知に注力していた彼女だからこそ、それに気付いた。
警備軍に見張り役がいるのは事実だが、それで幻術を使わないのは、なかなかに奇妙である。
その答えは、すぐに明らかとなった。
「(……見覚えのある魔力がいくつかあるねぇ――こりゃ、いつかの将軍サンが率いてた部隊かね)」
アカリは彼の――カッサードの実力を理解していた。そして、彼の戦闘様式も。
幻術を用いない、奇策抜きの戦い方はまさに、肉体の力だけで自分を追い詰めた男そのものだった。
「なるほどね、こりゃ面白い戦いになりそうだ」
小声でそう言うと、彼女は戦場を後にした。
戦闘領域から離脱し、見つかる心配もなくなった段階で、仕事人は思考をまとめるように呟き始めた。
「あの将軍サンが率いているとなれば、十中八九真っ直ぐな戦いが続くだろうねぇ。そうなったら、善大王の守りは抜けない……あのいけ好かない男がそれを読んだ上で策を練ったかは分からないがね」
アルバハラ周辺を防衛する部隊、それがすぐさま送れる増援である、ということは彼女も薄々気付いていた。
それが確信に変わったのが、闇の国側の戦い方――カッサードの存在だった。
善大王は緒戦において、彼らと戦っている。ともなれば、敵の攻め方も分かった上で動けるのだ。
彼のことを忌み嫌うアカリだが、その実力については否定するところではない。
「これなら逃げ切りは確定さね」
安心しきった彼女は急いた気持ちを抑え、ゆっくりとアルバハラへと帰還しようとした。
しかし、弛緩した意識であっても、それを見逃すことはなかった。
「……まーそうかもしれないとは思ってたよ。あれだけの大部隊を一人の隊長に任せるわきゃないねぇ」
辟易とした様子でアカリは通信術式を開いた。
「単刀直入に言うよ。馬車を今から言う場所に手配しな」
『……何か異常がありましたか?』ハーディンは言う。
「闇の国の連中、そっちに攻め込もうとしているみたいだよ」
『まさか』
「馬鹿みたいに派手な戦いをやってるせいか、警備軍の連中は気付いていないみたいだけど――戦闘領域外をなぞるように移動しているみたいだよ」
気付いてもおかしくないような状況だが、実のところこの移動方法は厄介だった。
アカリが見つからなかったように、観測手は視認と魔力の反応によって敵の存在を認める。
目に見えないほどの距離を取り、魔力の反応を隠蔽しながら進まれてしまえば察知は困難になるのだ。
その上、戦場では不気味なほどに愚直な攻めが行われ、幻術は一度も使われていない。
こうなると、いつ使ってくるか、というのを必要以上に警戒してしまうのだ。
人の意識の向きを制御し、その隙間を縫って移動する。これは闇の国が得意とする戦い方だった。
『しかし……警備軍の背後に回り込む為、とは考えられませんか?』
「これだけの技術を持っている連中が、読み違えるはずがないよ。もし背後から攻め込もうとすれば、見張り役に気付かれるのがオチさ……だからこそ、厄介なんだよ」
見張りの探知能力が最大となるのが、警備軍の背後なのだ。攻め込もうとする動きがあれば、それを見つけることは容易だろう。
だが、別働隊は初めから背面を衝く気はなく、アルバハラを目指している。こうなると、警戒の範囲に踏み込む必要がなくなるのだ。
『分かりました。ただちに向かわせましょう』
「死にたくなきゃ、急がせることだね」




