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それから数日が経ったある日、変化が起きた。
「光の国の連中が攻め込んできたぞ!」
「何故気づかれた! 情報を防いでいたはずだぞ」
部屋にも聞こえてくる声を耳にし、アカリは体を起こした。
「全員を寄せて迎撃に回るか?」
「いや、まず最初に実験動物達を始末するぞ。足がついたら終わりだ」
「だが、それでは俺達が……」
「組織の命令だ! 最優先にしろ」
そこまで聞いた時点で、アカリはこの後に何が起こるのかを予見した。
その予想はすぐに的中し、部屋の中に複数人の男が入ってきた。大抵が活力を失っているので、起き上がるものどころか視線を向ける者さえいない。
だが、一人が殺された時点で全員が覚醒した。
しかし、それは無意味。入り口は塞がれ、完全に袋の鼠。抵抗する力も残されていない。
《魔導式》によって放たれる術、剣などの斬撃によって次々と殺されていく。アカリはそんな様を、ただ黙ってみていた。
刹那、あの時に話していた姉妹が目に入る。怯えた妹をかばう様に、姉が前に立っている。
ただ、そんなものをみて心を痛めるはずもなく、男は平然と剣を振り下ろした。
生々しい触感の後、アカリは倒れた。
彼女は自分に生きる意味がないと気づいていた。そして、この二人にはまだ生きる意味があると思った。
光の国が来た、と言っていた。僅かでも生き延びれば、その間に救助が来る可能性もある。彼女は賢いからこそ、それを瞬時に判断した。
意識が薄れていく最中、アカリは自分がかばった姉妹が殺される様子を見てしまった。
自分の行動に意味などない、それを実感してしまった。
多少の希望すら許されず、後悔の感情だけを残し、アカリの意識は闇に落ちた。
瞬間、意識が再覚醒する。
「(わたしは……まだ、生きている?)」
目玉だけを動かし周囲を確認し、生存者がいないことに気づく。
男達は仕事を終えたとばかりに血振りなどを済ませ、迎撃に向かおうと部屋の外へと向かおうとした。
「げほっ、げほっ……」
不意に血を吐き出してしまったアカリ。あと少し我慢できれば、助かる可能性はあった。
男達は一斉にアカリの方へと注意を向ける。死体の山に埋まっているが、魔力はいまだに放たれ続けていた。
「生きているぞ。殺せ」
剣を持った男が再び近づいてきた。一度だけでは済まず、二度も殺されるのか──とアカリは絶望の淵に立たされた。
だが……。
「《光ノ五十九番・閃光》」
目にも映らない閃光が剣を持った男の体を吹っ飛ばした。
「そこまでだ! 無駄な抵抗をやめるんだ」
白い法衣をまとった、金髪の優男。線のような細い目だが、眉が斜めになり、怒っていることが判断できる。
男達はアカリから目を離すと、男に向かって攻撃を開始した。
瞬間、凄まじい速度の緑色がアカリの目に入り、瞬きの後には男達が一斉に倒れた。
「善大王様、制圧が完了しました」
深緑色の髪をした、目つきの悪い男は無感情に告げる。
「うん、ありがとう」
「なるべくなら、誰かをつけてください。あなたの身に何かがあれば……」
「分かっているよ」
善大王と呼ばれた男はアカリに近づくと、手を差し伸べた。
「大丈夫かい?」
「……」
「早く助けにこられなくて、ごめん」
「……なんで、なんで! なんでわたしなんかを助けたの! わたしよりも、助かるべき子がいたのに!」
アカリは自分の生に執着していなかった。だからこそ、一度目の死の瞬間に見た、姉妹の死が受け入れられなかった。
「そんなことを言っちゃいけない。人は誰だって平等だ、助からなくていい子なんていない」
「わたしはもう、誰にも必要とされていないの! お父さんもお母さんも、わたしを売ったから。もう、誰も……」
そこまで言うと、アカリは泣き崩れてしまった。
もう、涙は枯れ果てていたと思っていただけに、アカリはこの現象を理解できなかった。
「なら、僕が君を必要とするよ」
そう言い、善大王はアカリを抱擁した。
「本当に?」
「ああ……約束するよ」
善大王の言葉を聞いた瞬間、アカリは安堵し、彼に抱きついた。
「君、名前は何って言うのかな」
「……名前は、ないよ」
実験動物として与えられた番号はあるが、それを使いたくはなかったのだろう。
「そうか。うん、じゃあ──君の名前はアカリだ」
抱擁を解き、善大王はそう言う。
アカリはそれがどういう意味なのかが気になり、善大王の視線の先を追った。
そこには、蝋燭が一本立っていた。火が灯り、揺らめいている。




