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大空のフィア  作者: マッチポンプ
後編 ダークメア戦争
1077/1603

21

 ――首都ラグーン城下、広場にて……。


 首都ラグーンの中心地に位置する大広場には、人が歩く隙間もないほどの大衆が集っていた。

 防衛戦の指揮を任されたと同時に、善大王は雷の国全域に向かって集合を呼びかけた。

 その広め役を富豪が請け負っていることもあり、短日中にここまで多くの民が(つど)ったのだ。


「諸君も知っての通り、闇の国の侵攻は迫っている。もはや、逃げ出す時間はないだろう――そこで、諸君には護国の為に力を貸してもらいたい」


 《皇》がそう宣言したのであれば、人間である限り従う他にない。古きしきたり(・・・・)に乗っ取ればその通りだが、世はそれほどに上手くはできていないものである。


「ふざけんなー! 俺達を負け戦に巻き込むつもりかーッ!」

「やるなら警備軍だけでやるのが筋ってもんだろ」

「私には子供もいるんです! 戦うことなんてできません!」


 多種多様、百や千の声を全て聞き取ることができるわけもなく、しかし否定的な意見が満ちていることだけは明らかとなった。

 彼らは平等の社会に生きるラグーン人なのだ。富の差こそあれど、貴族と平民のような明確な差がないからこそ、善大王を相手にしてもここまで言える。

 そして、警備軍の人間が自国の人間には手をあげないと高を括っているからこそ、こうまで攻撃的になれる。


 善大王はそんなラグーン人の性質をよく理解していた。そして、むしろそれを()いものとさえ感じていた。


「(数に紛れて好き勝手を言う……愚民だな。だが、こういう連中だからこそ気兼ねをしなくていい)」


 人の心の流れには幾つかの道理がある。だが、ラグーン人はそうした道理を幾つかはすっ飛ばすことができるのだ。

 それは富豪とのやり取りからも分かることだろう。


「では命じる。《皇》の名の(もと)、雷の国に住まう人間は俺に絶対忠誠を誓え」


 右手の甲を大衆に向け、天へとかざした善大王を見て、多くの民は沈黙した。

 しかし、ほどなくその静寂は破られ、再び騒然とした雰囲気が舞い戻る。


「そんな昔の話知るか!」

「俺達は自由だ」

「善大王様なら、戦えない人を戦わせるはずがありませんよね!」


 当たり前のようにか、《皇》の威光に従う者は見られなかった。

 いや、老人や一部の者は協調しようともしたようだが、場の雰囲気がそれを許さなかった。

 もはや、(にしき)の御旗が機能する状況ではないことは明らかだった。というより、彼はそれを何度も思い知ってきたのだ。


 彼の様子を見ていたラグーン王はただ黙って、民の罵詈雑言に耳を傾けるでもなく、善大王の出方だけを注視していた。


「(《皇》の絶対命令権が機能しないとなれば、民の押さえ込みは容易ではない……どうするつもりですか、善大王様)」


 善大王はしばらく沈黙を保ち、そしてほどほどに批判の声が収まりだした頃を見計らい、言葉を紡ぎ始めた。


「《皇》に逆らうことが何を意味するか、諸君は理解していないらしい」


 静かな声だったが、民衆を黙らせるには十分な威圧感がそこに含まれていた。


「守られて当然、そう、君達(・・)は考えているのだろう? だが、《皇》が特権を有しているのは必然によるものだ。守ることを保証するからこそ、従えというものだ。従わぬのであれば、守る道理もない」

「そ、それが善大王の言い分かよ!」

「そんなのは昔の話だ! 本当に助けてくれる保証なんてどこにもないだろ!」

「……ふむ、その通りだな。善大王など形骸化された過去の遺物にすぎない。だからこそ、こうした変わり者の《皇》が現れる」


 彼は鳴り止まない民衆の声を気に留めるでなく、語り続ける。


「君達ラグーン人は自由と平等の民だ。貧富の差はあれど、それは自己責任によって生じるもの……平等であることに変わりはない。

 だが、他国がそうであると思うな。この難局を逃げるような者が、逃げたその先で生き延びられるほど、他国に余裕はない。

 生き残りたいならば、今の自由と平等を守りたいのであれば、今ここで戦うしかない。そして……その戦いは剣を掲げ、血にまみれたものばかりではないと知れ」


 フィアは場に満ちていた否定の力が、次第に揺らぎ始めたことを感じていた。

 壇上にあがることもなく、ただ愛しい人の姿を見ることしかできない彼女にとって、それは希望の光にも等しかった。


「じゃあ、工場で働くっていうのは……」

「馬車を走らせるっていうのも?」


 口々に放たれる疑問に対し、善大王は答える。


「各地の富豪が要求したもの、それこそが戦いだ。皆がそれを果たしてくれれば、この戦いには勝てる」


 戦いに勝てる、という断言。そして、徴兵令ではないという安心感、それらによって民衆の流れは変化した。


「それなら」

「それで脅威が去るって言うならな……なぁ」


 フィアはこれを良しとしたが、ラグーン王を含め、雷の国の首脳陣の顔は未だに暗い。そして、善大王も。


「(ここで切れば、最も綺麗な終わりだ。だが、その場合は少し届かない……くそ、分かりきっていても言いたくないものだな)」


 彼は大きく息を吸い込むと、場を壊しかねない言葉を紡いだ。


「しかし……しかし、共に兵として、戦士として戦ってくれる者がいるのであれば……無論、強制はしない。《皇》としてではなく、俺個人の願いだ。頼む、雷の国を守る為……その命を捧げて欲しい」


 善大王はそう言うと、頭を下げた。《皇》の地位にありながらも、有象無象の民衆に頭を下げたのだ。

 しかし、民衆の多くはこれを良しとせず、同調するでもなく、僅かに散らすような批判の言葉を投げていた。

 ただ、今回の場合は強制もしない、任意の徴兵ということもあり、否定の声は少量である。とはいえ、皆が冷え切っているのは明白だった。


「……善大王様が、自国でもないこの国の為に頭を下げてくださった。それでいいじゃないか!」

「そうだ! 頼まれても頼まれなくても、俺達は結局ここを守るしかないんだ! なら、この命を善大王様に預けてやろうじゃないか!」


 最初は少量だった同調の声は次第に広がり、老人から子供に至るまで、声を張り上げて善大王の誠意に応えた。

 その感情の揺らめきは波及していき、中途半端な心だった若人達も次第に、しかし確実に声を上げていった。


「(ライト!)」

「(……とりあえず、これで第一段階は成功だ。この全員が加わるわけないだろうが、少なくとも兵力の供給源は捕まえた)」

「(でも、雷の国にもいい人達がこんなにいたんだね!)」

「(馬鹿言え、全部俺の差し金だ)」

「(えっ?)」


 壇上を降りながら、善大王はラグーン王とすれ違った。ここから先は彼の仕事であり、《皇》はとりあえずの役割を終えたのだ。


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