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――アルバハラにて……。
アカリは足を組み、常日頃の大きな態度で眼前の萎れ気味な紳士を見つめていた。
「面倒なことになってるみたいだねぇ」
「……いえ、むしろ好都合かも知れません」
「へぇ、どういうことだい?」
書類の束を机に投げて渡すという、彼らしくもないラフな方法に仕事人は僅かばかりの疑問を抱くが、そこはプロらしく検めを先んじた。
「銃製造工場の大規模化、そしてその管理……これが要点ってことで?」
ガンスミスでもある富豪は頷いた。
「元来、宝具である銃の調整は私が担当していました。無論、技術者の育成など、他者の力を借りることも多々ありましたが――善大王様の要求を鑑みるに、狭く専門化された技術を広く広めようとしているのでしょう」
「そりゃ不都合じゃないかい?」
「私は技術の独占には興味がありませんよ。雷の国が存続できるのであれば、その協力は惜しみません――それに、他の富豪もこれと同等の条件を科されているはず。国外逃亡組を力に還元できるならば、相当な利でしょう」
「……それじゃアレかい? あたしらが逃げるのも取り消しかい?」
「それを含めて、好都合なんですよ」
アカリは眉を寄せた。
「この戦は勝てるかもしれない戦いになりました。であれば、あなたの力を借りるべきでしょう……ですが、私としてはヒルトをこの大陸から逃す方が優先です」
「……で?」
「率直に言えば、国の動きはこれから活発化することでしょう。閉塞していた今までならばともかく、民や物資が動き回るようになれば、逃走経路の確保は一段と楽になります」
「なるほどねぇ。そりゃ、今までは小金持ちが逃げるのさえ検問に引っかけ、あたしまで引っ捕らえようとしてたくらいだしねぇ。そんなことをしてたんじゃ、この紙に書いてるような計画は実行できない……フンフン、いいじゃないかい」
そう、善大王の推し進めた徹底抗戦の戦略は、必然的に国の在り方を変えたのだ。
今までは戦力の低下を恐れ、警備軍を使って押さえ込みに徹していた。
だが、ここからは内側に向いていた圧力が外敵に備えるという、外への守りに変わってくる。逃亡を考える者からすれば、かなり好都合な状況だった。
アカリは目つきを鋭くし、富豪のどこか虚ろな瞳を――その瞳孔を見つめた。
無論、彼女は気付いていた。この状況が決して、自分にだけ有利に働くものではないことに。
「あの善大王が逃亡組への対策を打たないとでも、本気で思っているのかい?」
「……定期船の運行は一時的に凍結されましたし、個人船舶の差し押さえもほどなく、担当の富豪が始めることでしょう」
「なら――」
「私が銃だけの男と思ったら大間違いですよ。確かに、船舶を差し押さえれば大陸外への逃亡は防げます。……が、個人所有の宝具に至ってはこの管理の限りではありません」
「持ってるんだねぇ――船の宝具を」
ここに来て、初めてハーディンが口許を緩めた。
「さて、私は民への手回しをしなくてはならないので……この辺りで失礼します」
「娘一人の為に全てを犠牲にする……いい親だねぇ」
「お褒めの言葉と受け取っておきますよ」
そう言い残すと、彼はアカリを部屋に残して去って行った。