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善大王は迷いなく、恫喝を行った。正義や善とは正反対の、純粋な悪のやり方だった。
「水の国なら王様が締め上げられるし、火の国なんかで商売しようとしたら命がいくつあってもたりない。な、雷の国が残った方が都合がいいと思わないか?」
勝負の要を相手に――それもこうも簡単に、恐れなく言ってのける辺りは善大王の度胸の凄まじさが知れる。
彼の場合、良心の呵責もなく、相手が呑まざるを得ない条件を叩きつける。だからこそ、礼儀などをまったく重んじない。
相手にできるのは不平不満を口にすることや、言い訳で間を繋ぐことくらいのものである。
「それでも頑張ろうっていうガッツのある奴がいるなら……まぁ、俺とフィアが潰しにいくけどな。そっちの場合は代替案を使う必要もない。随分と簡単な話になってきただろ?」
もはや、彼の有り様は余人が想起する夢幻王のそれだった。
論理の面でも相手を行き詰まらせ、それに従わないならば実力行使もやまないなど、暴君や悪王の行為でしかない。
「善大王様のやり方とは思えませんな」
クラフォードは彼の本性を知りながらも、内々の関係を悟られないように装っていた。
「善大王ってのは悪と戦うのが仕事だしな。本当なら、この右手の甲を見せただけで、みんなが全額を投じてくれるくらいに思ってたんだぜ? それと比べたら、理性的な要求だと思うぞ」
「理性的、ですか」
「それに、逃げないで援助してくれるなら、十分に採算の合う数値にしたつもりだ。俺が誹られるのは逃げる奴が出た時くらいだな」
実際問題、彼の言い分にも一理あった。
《皇》の特権が機能していたならば、富豪が全てを差し出していたことだろう。しかも、それが戻ってくるという保証はない。
だが、善大王の横暴は飽くまでも逃亡を防ぐ為のものであり、協力する場合の要求は決して法外なものではない。
むしろ、商売として考えてもプラスになる可能性が高い提案だった。
「その態度はナタク王のようですが、やろうとしていることはレイン王を思わせますね」
そう言ったのはハーディンだった。
「分かっているなら乗っとけよ。英雄の大船だぞ」
「良くも悪くも、我々富豪は根を張っている側です。ですが、民を相手に同様の方法が通じるとは思えませんね」
彼の出した例え話は、水の国の建国記のものである。
二代目フォルティス王とされるレイン王は、父である悪王ナタク王を打ち倒すべく、当時の貴族や奴隷を纏め上げたと言い伝えられていた。
その具体的な手段が、貴族を囲い入れ、兵站を盤石にした状態で奴隷を戦力に計上したというものである。
まさしく、今回と近い状況だ。ただ、例え話を交えたのは、彼なりの抵抗――善大王に対する不満の表れだったのかもしれない。
「今の状況が色々と物語じみている、っていうことを考慮するべきだな。俺のやり方がお伽噺の次元って言いたいなら、俺が誰かをよく考えるべきだな」
「……言いたくなる気持ちくらいは、理解して欲しいものです」
「ああ、そりゃ分かってるよ。それと、民の囲い込みは物語通りにはいかないぞ。なにせ、こっちには人材が不足しているものでね……あんたらにも相当に頑張ってもらう」
話し合いでさえない会議は、全員が雷の国と連携するという形で決着が付いた。
ああも難しいと考えられていた問題の一つが、こうも無抵抗に解決したことは驚きだが、もう一つの問題が善大王の頭を悩ませていた。
「(こっちはどうにかまとめられたが……民の方は本当にどうしたものか)」