15r
――風の大山脈にて……。
「ティア、お願い!」
「おまかせあれっ!」
木々は既に薙ぎ倒され、そこが青々とした森だったとは微塵も感じさせない平原の中、二人の少女は藍色の瞳を持つ魔物と戦闘していた。
誤解を招かないように捕捉しよう。少女はたった二人で魔物と対峙していた。
エルズを歯牙にも掛けない魔物を捉えたティアは、バッタが人間大になったのではないか、と思わせるほどの跳躍をみせた。
何倍も、という表現を幾重にしても足りないほどの体格差を持つ相手を前にしながらも、彼女は恐れることもなくその背に到達する。
当然、魔物もそれを無抵抗で受け入れるはずもなく、全身を揺すって異物を取り除こうとする――が、渡り鳥は鉤爪を食い込ませているのではないか、というほどの力で外殻から離れようとしない。
「放さないよーっ!」
揺れは荒れた海原を往く小舟の如く、つかみ所のなさは草も生えない絶壁の如くという環境に置かれながらも、彼女は己が使命を遂行していた。
「三つ数えて! そこで一回邪魔をするから!」
「りょう……かいっ!」
ティアは頭の中で数を数え終わると、超高密度に圧縮した風属性の導力――それを纏った抜き手を打ち込んだ。
それまで彼女を魔物に留めていた導力が停止したことで、彼女の体はふわりと浮かび上がり、攻撃は空振りに終わるかに思われた。
しかし、魔物は異様な抵抗を中断し、渡り鳥の嘴が最大限に伸ばされた頃には再び同じ位置にまで戻ってきていた。
鋭い一撃が外殻を穿ち、彼女の体は完全に固定された。
ただの導力とはいえ、その使い手が《風の星》であり、かつ切断に特化した風属性である以上当然のことだ。
驚くべきは二人の連携と信頼感。空振りがそのまま自分の転落死に繋がりかねない場面でも、ティアは何一つ疑うことなく要求に応えてみせた。
「もう落っこちそうにない?」
「もっちろん!」
「ならエルズは向こうに行くね」
渡り鳥は空いた片手を降り、去って行く相棒を見送った。
その後、すぐさま彼女は戦いを楽しむ戦士の顔つきに変わり、自身の敵を見やった。
「この距離まで貼り付けたら……こっちのものだよっ! 《風ノ六十一番・衝風》!」
展開していた《魔導式》が緑色に発光し、起動した。
超近接――密着状態での使用を前提とされる超高火力の術。ヘルドラゴの外皮さえ容易に抉り取る中級術だ。
術者が使うだけでも強力なそれは、《星》が使うことによって真価を発揮する。対魔物戦という大勝負に中級術を持ち込むことさえ、当たり前と感じさせるほどに。
千、万の小鳥が一斉に鳴きだしたかのように、凄まじい音、そして微細な粒子の奔流が周囲を支配した。
分厚い外殻は細かい斬撃を無数に受け、少しずつ削られていく。
こうなると、厚さによるアドバンテージはあってないようなものであり、その余命が僅かに伸ばされる程度の変化しかもたらされなかった。
「オ、オロカダ」
「あなた、喋れたんだね」
「ネライハ、ハタサレタ」
「……エルズが行ったから大丈夫。それに、あなた達がそのくらい頭がいいかもって、エルズは言ってたから」
ほどなくして、魔物の体に――その下の大地にまで大穴が開かれ、巨躯の魔物は黒い粒子となって消滅していった。
ティアは《魔技》を駆使しつつ足場となる木を目指し、まるで階段を下るような軽い調子で地面へと降り立った。
「木が生えてくるまで、どれくらい掛かるのかな……私は、それを見れるのかな」
僅かに残るだけの木々を一瞥した後、ティアはもう一つの戦場ではなく、里を目指して歩き出した。