12
――会議室にて……。
いつか富豪が集まった長机の部屋はずいぶんと広くなり、空間の取り方を考慮することもなく、三人は角に小さくまとまっていた。
「そっちの軍事官は連れてこなくて良いのか?」
「本格的な詰めは後回しにしましょう。今はラグーンの情勢から説明させていただきます」
本音での言い争いをしたからか、ラグーン王の表情には精気が戻り、態度も旧来のそれに戻っていた。
「闇の国の艦隊を確認したのは定期船です。霧を纏いながら移動していたこともあり、気付かれずに済んだようですが……その規模はおそらく、闇の国の全兵力です」
「馬鹿言え、そんなこと自棄になってもするわけないだろ」
「ですが、定期船の報告を聞く限り、絶えることのない船団が移動しているとの話です。観測手が専門家ではない為、断言には至りませんが……」
「誇大報告って線が有力だと思うがな……ってより、霧の艦隊っていう時点で数なんて数えられたものじゃ――」
「はい。こちらにとって重要なのは、相手の規模がこれまで類を見ないほどのものである、ということなんですよ」
善大王は納得し、目を伏せた。
「ねね、どういうこと?」
「言ったら闇の国は尻尾に火の付いたネズミだ。どんなイカれた行為をしてもおかしくはないし、国家間連携が完成する前に一国を潰すってのもないとは言い切れない……なにせ、ラグーンには巫女がいないんだからな。遠征軍でも勝機がないわけでもない」
「相手が闇の巫女を出してきた場合、こちらに勝ち目はありません……だからこそ、天の巫女である神姫様に――そして善大王様に助けを求めた次第です」
「……たぶん相手は巫女を出してこない」
「は」
「というより、闇の国がそこまでとち狂っているとは思えない。おそらく、全軍に近い数値の兵隊は出しているだろう……だからこそ、本拠地には魔物と巫女を固めているはずだ」
「国防に関して言えば闇の巫女は最強、ですか」
フィアが何かを言いかけたが、善大王はそれを遮って話す。
「それどころか、ライカも国防装置に加えられているという線も見るべきだな。もし全軍を飛ばした、なんて空論を描くなら」
「……幻術の国の恐ろしさですね」
「奴らの場合は奪った駒は捕虜じゃない。文字通り、ひっくりかえってこっちに襲いかかってくるかもしれない。開戦と同時にそういう戦略をとられてたら厄介、という程度で済ませられりゃよかったんだが、ここにきて最悪の状況に加わってきた」
二人は黙り込んだが、神姫と敬われた少女は元気に手を挙げた。
「それで、どうやって倒すの?」
「……それは後回しにだな」
「私に作戦があるの!」
「……どうぞ」善大王は他人事気味に許した。
「相手の船に最上級術を打ち込んで、海に沈めちゃえば戦わずに済むんじゃない?」
悪くもない策だったが、二人の王は黙ったままだった。
「あれ? 駄目? 私も考えてみたんだけど」
「いやな、それは悪くない策だ。今この場がそれを話し合う場じゃないことを含めても良いとは思う……だがな、そういうのはやらない約束なんだよ」
「約束って、相手は殺しても良い奴なのに」
いくら常識を学びだしたといっても、フィアは子供だった。善悪一つで全てを忘れられるような単純な子供だった。
「船っていうのは、動かすのに人が必要なんだよ。まぁフィアは見たこともないだろうけど、船の下で動かす為に頑張って働いている人が一杯居るわけだ。そういう人達がみんな揃って兵隊とは限らないわけだ」
「うん」
「そういう非戦闘員はなるべく殺さないようにする、これは約束なんだよ。いくら相手が悪人だろうとも、これを破るような真似はあまりよくない……国家として戦うならなおさらな」
民間人の殺戮、というのは闇の国も行っている。しかし、彼らとて無差別に殲滅しているわけでもなく、ある程度は捕虜として扱い、すぐに殺すような真似は避けているのだ。
これを先んじて犯すような真似をすれば最後、相手は容赦をしなくなる。戦争から文字通りルールが消失し、ただの殺し合いになる。
魔物による被害がこれに含まれないのも、闇の国との明確な繋がりに裏付けが取れていない上、相手が知性を有していないという世論が存在しているからだ。
両陣営が船で向かい合う海上戦ならばともかく、戦力も不鮮明な揚陸船を相手に先制奇襲を仕掛けるのは体面が色々と悪いのだ。
「まぁ、俺なら上手く躱す策があるが、奴らとの戦いには意義がある」
「えっ、でも雷の国のことでしょ? 戦って迷惑するのは雷の国じゃ?」
「向こうが情報を引っ提げてやってきたんだ。これを先んじて打ち落とすのは若干もったいない。なにより、ライカの状況を確認するのが最優先だ」
「う、うん。そうだね」
「雷の巫女がどの程度の扱いかが分からない以上、最悪の場合は敵の最高司令官クラスまで当たらなきゃならないかもしれない。だからこそ、ここで一度ぶち当たっておくのは悪くないんだよ」
ここに来て黙っていたラグーン王が咳払いをした。
「善大王様は長期戦の構えで?」
「言っちゃ悪いが、そのつもりだ。なるべく人死にを出さないようにするなら、それが最適だな」
「……我が国の民を想っての行動、と」
「うーん、そりゃどうかな。雷の国とか闇の国とかじゃなくて、人が死ぬなんてあまりよくないだろ? だから、なるべく平和的に、かつ俺の目的が果たせるように戦う。それだけだ」
この発言を聞いた瞬間、王は優しい笑みを浮かべたが、フィアは血相を変えたように善大王の顔を見つめた。
彼はこれを言いながら、冗談や理想論を語るような顔ではなく、真剣な表情をしていたのだ。まるで、それを疑いなく信じているかのような、救世主の顔で。