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冷え切った氷刃の如き発言によって、周囲の空気は急速に凝固し、鼓膜に歩みの振動を伝えることさえ禁じさせた。
「……その話、ここでするか」
「いえ、ただ純粋に気になったまでで……お気に障ったのでご容赦を」
「単刀直入に言おう。あの件は完全に俺の責任だ、それについての謝罪も当然、正規の場と相応の誠意をもって行わせてもらう。だが、今は時が惜しい――船を貸してくれ」
廊下を歩く者は誰もおらず、三人の貴人は足を止めたまま本題に入った。
「貸す義理がこちらにあると」
「俺達は今からケースト大陸に帰還する。そこで光の国と天の国を引き連れ、再び大陸に戻ってくる……水の国の協力は確約させた。三カ国同盟、不足かも知れないがライカを救助しに行くなら十分な戦力のはずだ」
「天の国を加える、と。それができる証拠は? そして、なぜ我が国が含まれていないのですか?」
「光と天を引っ張れると見たのは、カルテミナ大陸攻略を果たした三カ国同盟の存在だ。これが成立したと知れば、ケースト大陸も別大陸のことと他人事には考えない。所謂、あの戦いがミスティルフォード連合を作り出すに足る実績になった」
「ミスティルフォード連合……随分と歯抜けな連合ですね」
「ライカを連れ戻せば、あんたらにも加わってもらう。それで四カ国……闇の国が入っていないのは、まぁカンベンしてくれ」
火の国の件に触れようとしない辺り、善大王はラグーン王の精神状況を事細かに観察しているようだった。
ここまで本音で、それも攻撃的に語っているのが知略に基づいたものではなく、ただ本能に任せているだけということを感じ取っているのだ。
余裕を失い、弱った人間というものは王であろうとも本能を抑えることができなくなっていく。心の奥底にある闇、絶望さえ漏れ出してしまうのだ。
王であれば、上に立つ者であれば多少の耐性は持つが、現状のラグーン王にそれを期待するのはいささか酷であった。
フィアが述べたとおり、この戦いは順当に進めば雷の国が滅びる、そういう類のものなのだ。
死を間近にしただけでも正気を失うというのに、その不安を持った全国民から不満をぶちまけられるとなれば、蓄積される心労は個人の許容量を越えてくる。
「……一番聞きたいのは、なんでライカ救出にあんたらを加えないか、ってところだろ?」
ラグーン王は小さく鼻を動かした後、視線を逸らしてから頷いた。
「これが落とし前だから、っていえば十分か?」
「責任を感じた上で、ですか」
「だからこそ水の国も付いている。良心を持った国はライカが攫われた件を軽視してはいないってことだ」
「……それがない国もありますがね。それにしても、光はともかく天は無関係では?」
「フィアがいる」
「ハッ、そう来ましたか」
「それとな、言っちゃ悪いが雷の国は獅子身中の虫になりかねない。また裏切られる、そんな風に思うのが当然だろうしな」
「正直に言いますね、善大王様は」
「厄介事をふっかけられるんだ、これくらいは言い合った方がいいだろ」
それを聞いてか、ラグーン王の表情は変わった。
「やはり善大王ですか」
「俺の本意だ」
「……さて、どこまで本当か。ですが、こちらに上から構える余裕はありませんね――正直に申します。闇の国の迎撃にご助力を願いたい」
「はい、喜んで……とは行かないな。この場を凌ぎきった暁には、ケースト大陸まで運んでもらう。確約だ」
「対価の要求がそれだけということは、罪滅ぼしが主ですか」
「あの件、あまり過大評価するなよ。俺としてはごめんなさいで決着がつく問題だと考えている。それで済まないのはライカが攫われたからだ――今回の要求が小さいのは、それだけライカ救出を急いているということだ。忘れるな、俺は常に幼女を考えて動く」
国防装置の喪失の事件を軽んじる辺り、善大王は相当に肝が据わっていた。
だが、ここまで大きく出られるのも当然のこと。ラグーン王は今や亡国の王も同然の存在である上、敗色濃厚の戦いの指揮を握らせようとしているのだから。
――ただ、ここでの問題は彼が少女への愛を最優先に語ったことだろうか。
「私の側から言えたことではありませんが……あなたの言葉を――本音を信じましょう」
「これを聞いて信じるなんてどうかしているぜ」
「この状況です。正気で居られるほうが運がいいですよ」
「全くだ」
良くも悪くも、二人は根幹に似た性質を有していた。礼儀作法より利害関係を優先とし、本音で軽く語らう合理の思想という世界の異端によって。
その点で言うと、フィアはかなり不気味なものを見るような顔をしていた。
いくら表世界との繋がりが乏しかったとはいえ、比較的常識的な社会を知り始めた彼女にとって、この会話は破綻も破綻の滅茶苦茶なものだったのだ。