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「大規模攻撃作戦に際して、闇の国側が国民から徴収した資材は……それによる魔札の出入り――こんなのは無駄な作業だ」
呆れかえるような声が、誰も居ない部屋の中に響いた。
「無駄でも、やらなきゃならない。それが軍人だよ」
ノックもなく静かに入ってきたラゴスを見た瞬間、ディードは急いで頭を下げた。
「……ラゴスさん、申し訳ありません」
「いや、気持ちは分かるんだがね。ただ、僕ら軍人は上からの命令に忠実で、何も考えない。それが大事だとは……」
「はい。以前にも」
「なら、それを忘れないことだよ。国が危機であればあるほど、忘れてはいけない」
そこまで言うと、ラゴスは適当な席を見繕うと、腰を下ろした。
「また、城下で処罰が下されたそうだね」
「……はい」
「君にも当たって欲しいのだがね」
「申し訳ありません」
「……ふむ、君はどうにも甘すぎるらしい。いや、でもそれはいいだろう。問題は、君は彼らのように正気に戻ってはならない、ということだ」
彼は気付いていた。この戦争、多くの民が不満混じりに吐く言葉にこそ、真実があると。
いやむしろ、軍に携わる者だからこそ、余計に分かってしまうのだろう。
「降伏すべきだと思います。現状、魔物の被害が無視できない以上、交渉の余地はあります」
「交渉の余地……ふむ、それはあるだろうね。ただ、上はそれをしないだろうし、許しもしないだろうね。そもそも、魔物が僕らの及び知るものとも限らない」
「暴走する、と?」
「利害が相違するようなことになれば、敵対することもあり得る……そう予測すべきだね」
実のところ、それは恐ろしく危険な状況だった。
カルテミナ大陸が攻略されて以降、闇の国を守り続けているのは他でもなく水棲の魔物だった。
高機動にして大型の魔物が海中に潜み、迫ってきた船を定期的に轟沈させているからこそ、本格的な本土襲撃は防がれているのだ。
だが、これは魔物に包囲されている、という風にも解釈できる。もし、彼らが何らかの理由で刃を突きつけてきた時、闇の国は瞬く間に滅ぼされることだろう。
「結局、僕らは進み続けるしかないんだよ。踏み倒し濃厚な魔札を吐こうとも、捨て駒として使われる国民の命が投げられようとも」
ディードは立ち上がろうと机に両手を置いたが、すぐに籠もっていた力を抜いた。
そして、机の上の資料に目を向けた。
国民を二級戦力として、軍に加える。採用基準は若く健全な男性。退役が許されるのは、戦争が終結した時。
滅茶苦茶とも言える条件を見て、国民を思うディードは再び無力感に苛まれた。
「(戦いの素人を回すなんて……くそ、わたしにもっと力があれば)」
力、という単語が頭を過ぎった時、彼は不意にライカのことを思い出した。
「(それにしても、あの娘はどこに行ったんだ? 巫女様も状況は伏せたまま、こちらの事務方で働けと言われたが……)」
第一、第四連合部隊が出撃した前後、ディードは雷の巫女の監視から外されていた。
理由は説明されず、軍人としてそれを聞くこともなく――というより、彼女に興味がなく――彼は今まで時間を過ごしてきた。
しかし、いざ居なくなってみると、その静かさと穏やかな暮らしを実感せざるをえなかった。
「(まだ、あの娘に付き合っている方が気が楽という気もしてくる)」
そんな言葉を頭の中で呟き、彼は仕事に戻った。




