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大空のフィア  作者: マッチポンプ
後編 ダークメア戦争
1059/1603

3A

 ――数日後。火の国、カーディナルにて……。


「……そうか。ご苦労だった、ね」


 不意に、アリトは気が抜けたように、かつての口調となった。


「これからは、ワタシも火の国に付きます」

「ああ、彼との関係性は口外しないようにしよう」

「いえ、ガムラオルスさんのおかげで、それは言ってもらっても構いません」


 ガムラオルスはスケープの身元をミネアとヴェルギンに明かした。

 もちろん、その事実はヴォーダンの耳にも入ったが、かの王がそれを気にするはずがなかった。

 それによって、彼女が盗賊ギルドの黒幕であるスタンレーの関係者であるという過去をそのままに、元の立場――ヴェルギンの弟子――に収まることとなった。


「……だからといって、広めるものでもないだろう。だが、意図は分かった――今後、君とは赤の他人だ」

「いえ、ワタシは火の国の賓客(ひんきゃく)ですので、用事があれば贔屓(ひいき)してください」

「まったく、君は変わらないな。小さい頃から変わっていない」

「いえ、変わりましたよ。今は、ワタシの意志で動いています」


 融通が利かないことを指していたのだが、スケープは飽くまでも自身の変化を主張した。

 だが、それは彼女からすれば、全てが生まれ変わるほどの大きな変化なのだ。話の流れから逸れていたとしても、押し通したことだろう。


「……しかし、あいつ(・・・)が死ぬとはな」

「じゃあ、帰りますね」

「まったく、急だな君は」

「はい。早くフレイアに戻りたいので」

「……高速馬車を用いたのではないのか?」

「いえ、ガムラオルスさんに運んでもらいました。でも、用事があるとかって、帰りは馬車です」

「そうか。ならば、足の速い馬を――」

「それじゃ、またご縁があれば」


 スケープは形式の整った礼儀正しい挨拶を、無礼なタイミングで行ってから、部屋を後にした。


「……はは、まるで風のような子だ。確かに、あいつに首輪を付けられていた時代とは違うらしい」


 彼はそう言うと、自身も自室に向かうべく、応接間を後にした。


「(あの子は変わった……だが、人はそういうものなのかもしれないな)」


 一度だけ覗かせたアリト(・・・)としての表情は、途端に《盟友(ブラッド)》の隊長のものに変化していった。

 彼は常に、自分が英雄的戦士だという意気込みを持ち――気負っている、とも――そして、それに見合うだけの自分であり続けてきた。


 姫を失って変わったのは、スタンレーだけではなかった。彼もまた、幼き日に差した影によって、自分を大きく変えようとしたのだ。

 愚直故に姫を我が物にできなかった、と考えた――スタンレーが彼の弱点をそこだと言ったのが原因だが――彼は、馬鹿正直さを残しながらも、強かさを鍛え続けてきた。


「(目的の為と思えば、なんってこともない。かつての俺は子供だった……ありのままの俺を受け入れてもらおうと思って、次期領主らしさに欠けていた)」


 かつてのアリトは政略結婚的な関係を良しとはせず、飽くまでも自身の力――自分自身の魅力で姫をものにしようとした。

 しかし、それが子供の道理であることに彼は気付いた。誰もが自分の求めるもの以外を欲したりはしないことに。


 だが、彼はそこで不貞腐(ふてくさ)れることはなく、自分の譲れないものだけは守り続けた。

 実直な正義の味方。その自分が受け入れられるように、それ以外の要素は人が望むようにし、また受け入れられるように想定外の苦労さえも受け入れた。


 全ては、もう戻ることもない姫へのアプローチだった。無意味で、不毛な求愛だった。


 しかし……。


「アリトさん、どうなさったんですか?」


 唐突に声を掛けられながらも、彼は顔面に張り付いた仮面のままに笑みを向けた。


「なんでもありませんよ、姫様」


 本当の意味で、不毛なことなどなかった。

 彼の今は、こうしてコアルに向けられている。姫が唯一、彼に託した言葉として――。


「(今度こそは、もう失敗しない。俺は、姫様と……)」


 本当の意図とは違った想いが、壊れた約束(ノロイ)として血管のように、アリトの全身を走っていた。


「(だから、俺は止まらない。スタンレー(おまえ)畦道(あぜみち)で果てようとも、俺は彼女の願いを――)」

「泣いて、いるのですか?」

「……えっ」

「涙が」


 コアルはそう言うと、ポケットからハンカチを取り出し、彼の涙を拭った。

 子供のような行為だが、それによってアリトの気は弛緩(しかん)しきってしまった。


「は……なんでだろうね」

「アリトさん……」

「友達が、死んだんだ」


 まるで括約筋のように、緩んでしまった気は頭の中でたまり、巡っていた心の声を外に放出させてしまった。


「最悪な奴だったけど……でも、大切な友達だったんだ」

「……そう、ですか」


 君も知っている男だ、葬儀の時の、などの言葉が沸騰する泡のように沸き出したが、アリトは留めた。


「泣いてもいいんですよ」

「……ごめん。今日だけだ」


 そう言い、彼は自分よりも幼いコアルに(すが)り、声を抑えて泣き出した。


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