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皮肉なことに、三国同盟の離反国の王であるヴォーダンが、彼の失態を咎めてきた。
ただ、以前も述べた通り、かの離反は善大王が不参加となったことが原因である以上、他人事とは言い切れない――無論、両者ともそれは理解している。
「(ライト、でも私達は急いでいるんだし……)」
「(馬鹿、ここで通信が取れていないなんてことを言ったら、それこそこっちの色が悪くなる。くそ、読み違えたな)」
迂回路に火の国を選んだ最大の理由はそこだった。火の国は他国と比べると王家一強の性質があり、故にしがらみもなく通過できるルートだったのだ。
水の国に行くとなれば、まず確実に光の国の危機的状況を伝えざるを得ず、後々に悪くなる布石を打つことになるのだ。
だが、火の国が国家らしい視点を残していたのは、完全な奇襲だった。というより、半ば思いつきの切り返しだったこともあり、深いところの読みが甘かったのは仕方がないとも言える。
「雷の国の問題を解決し、円満に光の国に戻ればよかろう」
「フレイア王の言うとおりだな。分かった、あちらとの関係改善に務めるとしよう」
「……それを是非とも願うばかりだ。もし、雷の国が同盟に前向きとなれば、その時は火の国もまた手を貸すとしよう。無論、火の国としても連携に務めよう」
この発言は想像以上に大きなものだった。
完全に破綻したはずの三国同盟が復活する、という兆しが見えたのだ。
復旧において最も大きな難関が火の国だった以上、これは全てをもとに戻す為の有効な一手なのだ。
なにより、今度は契約としての連携ではなく、火の国側から寄り添うという意志がある為に分裂の可能性も少ない。
「そりゃありがたい提案だ……だが、あんたが謝ってくれたら、こっちも簡単に解決できそうなんだがな」
「はは、こちらは契約に従ったまで。謝る理由がない。そこは善大王殿が《皇》の責務を果たす場面だろう」
「ハッ、よく言うぜ。まぁ、今の話は忘れないでくれよ」
「火の国の王として、約束は必ず果たそう」
それを聞くと、善大王は立ち上がった。
フィアはミネアと頻りにアイコンタクトを行っていたが、彼に手を握れられた瞬間、軽く頭を下げてから善大王に続いた。
そうして、謁見の間は火の国の三人だけになった。
「善大王の件、随分と譲歩したものじゃな」
「……ヴェルギン、何を言っている。火の国として、損になりづらいことを言ったまでのことよ」
「どういうことじゃ」
「今回の褒美、全ては火の国の利になることでまとめたのだ。ガムラオルスは言うまでもないが、スケープという娘も戦力に数えられる女だ……食客として扱いながらも、国の有事となれば戦力に回せるという寸法だ」
ミネアは瞳孔を縮ませた。
「だからこそ、《掃除烏》の言う子供は保護しなかった。奴らは冒険者だ、ここにおいていくだけで戦力に加わるとは思えん……だからこそ、勲章で誘いをかけてみた。だが、結局は想像通りだ」
盗賊ギルドの壊滅という――魔物の撃破という数々の功績を残した者達に対しても、ヴォーダンは相変わらずの保守派の王であった。
「善大王の件についても同じだ。船を貸し出すとなれば、その船員を手配しなければならない。その上、船が戻ってくるとも知れないならば、出すだけ損だ。だからこそ、同盟復旧という餌を散らした……成功したとしても元の鞘に収まるだけ。失敗すればこちらの払いはナシだ」
さすがにミネアは憤ったのか、父親に詰め寄った。
「命を賭けて戦った人に、その態度はどうかと思うわ」
「これはこちらの都合だ。報酬はきちんと支払われれば、破格のものだと思うが」
「それが支払われるとは限ら――」
「火の国が潰れるようなことになれば、世は変わっておる。だからこそ、そこは案ずるところではない。なにせ、全ての約束は火の国の王としてのものだ」
自身の親の姿を見て、舞姫は強い失望感を覚えた。いや、むしろ戦争が始まってから、期待したこともなかっただろう。
「戦時中において、最も有効な払いは後払いだ。勝てば気前よく払い、負ければ踏み倒す。これに勝るものはない」
「……もし善大王が関係を復旧させたら、どうするつもりじゃ」ヴェルギンは言う。
「それはあり得ないことだ……それに、もし関係が戻ったところで、火の国は――」
ヴォーダンは虚空を見つめ、何か思い当たる節があるかのような声を漏らした。