16Δ
――現代、砂漠にて。
「ずっと昔にした、約束……ワタシは、まだプレゼントを渡せていません」
「プレゼン……ト――ああ、そんなことも、あったな」
重なり合う意識の中、彼は死に向かっていくストラウブの影を見ていた。
「おれも、ボスに――父さんに、渡そうとしたんだ」
急に言葉が――表情が優しくなったことに気付き、スケープは唾を呑んだ。
「きっと、おれも、今のスケープと同じだ」
「渡せ……なかったんですか?」
「さあ……どうだろうな。でも、少なくともおれは……お前から……スケープから――」
不意に、重厚感のある刃が何かを強く突き刺した。
スケープが瞳孔を縮めて振り返った瞬間、ガムラオルスは背を向けていた。
「俺はそいつを許す気はない。お前がそいつを救うことも許さない」
「……ガムラ――」
「スケープ、ついてこい」
「えっ」
「奴はもう死んだ。これで俺とお前はなすべき仕事を終えたんだ」
砂漠の砂に突き刺さった剣を抜き放つと、ガムラオルスは背を向けたまま歩き出した。
刃はスタンレーの首筋を掠らせただけで終わっており、彼の命を終わらせてはいなかった。
「ガムラオルスさん、ありが……ありがとうございます」
去っていくガムラオルスを追うこともなく、スケープは治療を開始しようとした。
「……行け、スケープ」
「えっ」
「お前の居場所は、おれじゃない……あいつの場所だ」
スタンレーは既に悟っていた。今治療されたところで、もう自分は助からないと。
そして、別れを惜しむ気持ちこそあれど、それによって彼女の後ろ盾が消えることがどれだけ不毛であるかも。
自分が終わろうとして初めて、彼は自分のことではなく、他人の――スケープのことを純粋に案じたのだ。
「でも、まだ助かります」
「……ああ、助かる……だからこそだ、お前の手などいらないと言っているんだ」
もはや、肉体に導力は通っていなかった。滞っていく血の流れ、生命力、それら全てが彼の終わりを告げていた。
だが、彼は立ち上がった。まるで、それまでの彼を想わせるように力強く。
「おれは、盗賊ギルドに残る」
「残るって、もう火の海じゃ」
「……父さんを一人にできないんだ」
背を向けたスタンレーは、二人が使ったギルドへの隠し通路へと戻ろうとした。
しかし、入ったところで火の海、助かるはずもなければ誰も残ってもいないだろう。
「選べ……お前の意志で。おれと共に盗賊ギルドに残るか、あいつと共に、世界に出て行くか――世界に出て行くのは楽じゃないぞ」
結局、彼は親心を有していたのだろ追う。
トニーを殺した後、彼の形見をエルズに渡してしまったことも、結局は親子という関係性を軽んじることができなかったからだろう。
それはきっと、ハーディンとヒルトの件も……。
だからこそ、スケープを救ったことも打算込みというより、かつて自分が助けてもらったことを思い返してのものだったのだろう。
死によって世界のしがらみが消え去り、彼に唯一残ったのが、娘の如く存在であったスケープだけだった。
「スタンレーさん……ごめんな――ありがとうございました」
「感謝する奴があるか。お前は自分の力で生きていくしかないんだぞ……もう、おれは助けてやれないんだ」
「でも、ありがとうございました」
「……ああ、頑張れ」
意識が途絶える寸前ながらに、彼は隠し通路の階段に足を踏み入れた。
そんな彼を見て、スケープは振り返り、遠くになったガムラオルスを追うべく走り出した。
並の速度では追いつかず、どんどん走りのフォームが洗練されていく。体を覆う邪魔な布をかなぐり捨て、緑の男の背を追った。
「スタンレーさん、ワタシはもう止まりませんよ。あなたがくれた命は……」