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――過去、砂漠にて……。
「父さんはおれを拾ってくれたんだよな」
「……そうなるな」
アリトと出会ってしばらくした頃、幼いスタンレーはそんなことを確かめていた。
「何か嫌なのか?」
「そんなことはない。だが、おれができる限りのことはする。恩には報いたい」
「……ははは、子供のくせにナマ言うんじゃねえよ」
頭を撫でながらに、ストラウブは彼の髪をくしゃくしゃにしてみせた。
「その気持ちだけで十分だ」
「それじゃおれが納得できない」
「納得……納得か。なら、盗賊ギルドのボスにでもなりたいもんだ」
「……は」
「今すぐってワケじゃねえよ。それに、半分は嘘だ――俺は俺みたいな弱い盗賊が狩られる今を変えてぇんだよ。それをするにゃ、当然ボスを目指さなきゃならないってわけだ」
「なるほど」
「分かったところで渡せやしないだろ? そういうことだよ」
スタンレーはしばらく考えた後、口を開いた。
「無理でもない。父さんの考えに協賛する盗賊は少なからずいるだろうし――他の勢力を巻き込めば、今の状況は変えられるかもしれない」
「そんな夢みたいなこと」
「おれが夢じゃなくする」
真剣な少年の眼差しを見て、ストラウブは優しげな親の顔から一転し、後のボスの片鱗を感じさせる表情に変わった。
「なら、期待して待っとくとするぜ」
「……ああ」
この後、スタンレーは夢を夢にしない為、この時に口にした方法を実際にやってのけた。
冒険者やカーディナルを巻き込み、暴力によって組織内部を平定し、ストラウブが望むようなことをしてみせた。
『だが、おれはなにもできなかった。結局、ストラウブという弱い盗賊一人を守ることもできなかった。おれは、望みのものを渡すことは、できなかった』
刹那、世界がブレ、彼の世界に自分の知る――明瞭な過去の光景が巡った。
それは、スケープがまだ幼く、何も手に入れていなかった頃のことである。
「スタンレーさん、プレゼントを渡したいんですけど」
「誰にだ」
「……スタンレーさんに」
「不要だ。お前はそんなこよりも、多くのことを学ばなければならない」
「でも、スタンレーさんにワタシは助けてもらいました。だから――」
その様を見たかつてのスタンレーは、今と同じように過去の自分を重ねていた。
「おれはこの世界を変える」
「……はい」
「この世界の裏側とやり合い、全てをおれの思い通りにする。もし何かで返したいというなら、この手伝いをしろ――おれもまた、それ以外に欲しいものがない」
「つまり、命令に従えってことですか?」
彼はしばらく考え「今はそれでいい」とお茶を濁すような言葉で応じた。
「なら、スタンレーさんが世界を支配できるように、頑張ります。絶対に頑張ります!」
「……ああ」
彼はただ面倒だと思う反面、返報を求めない心境に変わっていた。
そもそも、この時点でスタンレーは白を通じ、組織の存在を認知していた。故に、心のどこかでそんなことはできないと――叶わないものを要求したと理解していたのだ。
『だが、スケープはおれの期待に応え続けた。あと一歩で父さんの願いが叶えられるところまで、おれを導いてくれた』
彼は全てが終わりに向かい往く中、気付き始めていた。
《選ばれし三柱》である彼女がどれだけ自分を支え、そして幾つかの無理を壊してくれたのかに。
――いや、それは正確ではないかもしれない。
彼女がしたのは、無理を無理だと感じさせないことだった、のかもしれない。
そしてそれは、ストラウブもまた同じなのだろう。無理だと諦めた夢を、子供が全力で支えようとしてくれたからこそ、諦めずに走り続けることができた。
期待に応え続けたのは、子の方だけではなく、親の側でもあった。
『あいつがおれになにかを問う度、おれはスケープの望むおれであろうとした。それがもし、ここまでの原動力だったとすれば――おれのプレゼントもきっと……』




