14Δ
――現代、砂漠にて……。
「スタンレーさん……」
「ぐっ……ごぼっ――無様な、ものだろう……滑稽だろう?」
胸を貫かれたスタンレーは地に墜ち、血を吐いていた。
ただ死を待つだけではなく、敗北が決まった後も自己再生で抵抗しようとする辺り、盗賊根性は消えきっていないのだろう。
「そんな、ことは……」
「おれは結局、何も変えられなかった。奴もまた、それを言っていたかも知れない」
刹那みた夢を思い返し、彼はそんな言葉を呟いた。
この場に立って初めて、あれが紛れもなくストラウブのことだったと理解したのだ。そして、自分のことでもあると。
「スタンレー……さん、ごめん……ごめんなさい」
「何故泣く。お前はおれを裏切った。ならば、泣く必要などないだろう」
弱っていることを悟られないようにか、言葉を細かく切り、息切れを誤魔化した。
「だって……スタンレーさんは、ワタシの」
「お前の、なんだ」
命が終わり往く感触を如実に捉え、彼の緊張感は希薄になっていた。
その弛緩した精神は括約筋の如く、それまで掴んで溜めていた魂を手放し、外気へと放出されていく。
未練もなく――未練を未練とさえ感じず、ただ受け入れ、今を静かに見つめているのだ。
「ワタシの命はスタンレーさんにもらったものなのに、そんなスタンレーさんを……」
「殺してから後悔するか。面白いものだ」
良くも悪くも、彼女の注意散漫さは以前と何ら変わっていなかった。
この場で紡いだ言葉は、文字通りの彼女の本心である。
滅茶苦茶な論調ではあるものの、結局のところは彼の絶対性をどこか信じていたのだろう。
そして、ガムラオルスという新しい依存対象も、スタンレーという親も同然の存在さえも、この戦いで命を落とすことはないと考えていた。
だが、それは人間ならば誰にでもあることである。事実、スタンレーも同じように優先度を誤り、ストラウブの死を確定させた。
「スタンレー、お前はトリーチを殺した。だからこそ、こいつの力によってお前を殺し、奴との約束を果たす」
「……復讐か、結構なことだ。だが、貴様もすぐに気付く――修羅として生きた者は、もう二度と人間には戻れない。戻れないが故に、本当に守りたかった者も、守らなければならない者も、全てを失っていく」
もはや死にかけの男が吐く言葉としか考えず、ガムラオルスは冷めた顔で――僅かに血の掛かった顔で、死に向かっていくスタンレーを見下ろした。
「修羅、だと?」
「妄執に喰われ、何をすべきかも分からなくなった化け――愚か者のことだ」
彼は振り返った自身の過去を鑑み、自己の愚かさを悟っていた。
本当に守りたかった姫も、守らなければならなかったストラウブも――一番大切な者から死んでいった彼にとって、今まで進んできた道は愚かな道としか言いようがなかったのだろう。
「くだらない。戯言はそこまでか」
「おれの言葉は呪いとなって、貴様についてまわる。おれを殺したところで、誰を守ったところで、結局は全てが徒労に――」
ガムラオルスが刃を振り上げた瞬間、スケープは両手を広げて両者の間に割り込んだ。
しかし、それはいつもの場違いな反応というわけではなく、明確な彼女の自我によって成立した――覚悟の行為だった。
刃は寸でのところで止まり、ガムラオルスは舌打ちをした。
「何故――」
「何故、邪魔をした……スケープ」
擦れたような態度の声は、死に体とは思えない男の声によって遮られ、強い叱責の意図をスケープに与えた。
「ワタシは……ワタシはやっぱり、スタンレーさんには死んで欲しくない。だって、だってスタンレーさんは」
「スケープどけ、そいつは死を望んでいる」
「そんなわけないですよ! 誰が死にたくて死ぬんですか! ワタシは……少なくともワタシだけは、死んで欲しくないって思ってます」
「余計なお世話だと……言っているだろッ!」
力を感じさせない、枯れ木の揺らぎを想起させる払いが彼女に当たるが、スケープは一切動じない。
「ガムラオルスさん、スタンレーさんを許してあげてください」
「……お前、自分が何を言っているのか分かっているのか?」
「フレイア王に……ミネア様だって、師匠にだって、みんなに頼んで、スタンレーさんが生きていけるようにしてみせます。だから、ガムラオルスさんが許してさえくれれば」
「ガムラオルスゥ! 殺せ、さっさとおれの息の根を止めろ」
当の本人は死を望み、ひどくぎらついた視線を向けてきているが、彼からすればスケープの向ける真っ直ぐな――涙ぐんだ瞳の方が、心を捉えて放そうとしなかった。
「こいつはトリーチを殺した」
「でも、ワタシのことは許してくれたじゃないですか!」
「それは……それは、お前が特別だったからで」
「だったら……だったらお願いです。一生のお願いです……一回だけ、許してあげてください」
彼女が今まで見せたことのないような、強烈な個人の欲望に、二人の男は圧倒されていた。
――いや、スタンレーは唖然としていた。
彼女がそんなことをできるはずがないという考えによって、これは演技なのだと思わなければ、全てを否定してしまうほどに驚いていたのだ。
「スケープ、お前はもうおれがいなくても構わないだろう。その男がいれば、お前は依存する相手には困らない」
「約束ですよ」
「約束……」
「ずっと昔にした、約束……ワタシは、まだプレゼントを渡せていません」
「プレゼン……ト」
刹那、彼の脳裏には死にゆくストラウブが呟いた言葉と、彼女がかつてそれを口にした場面と――自身がそれをストラウブに言った時代が重なり合うように映し出されていた。