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二人の壮絶な戦いは、《秘術》を織りなした戦いとなった。
全天候操作を用いる《怒濤の嵐》に対し、超高火力の《裁きの劫火》などで応じるという具合で、もはやただの術者同士の戦いの次元を越えたものとなっていた。
しかし、最後はあまりにもあっけなかった。
「貴様の《秘術》は狩らせてもらった――後は、貴様の命だけだ」
紫色の世界の中、スタンレーは勝利宣言した。
だが、彼の傷は深く、対するバリオンは疲労しながらも息を上げることなく立っているという状況だ。
「悪いがね、ぼくにも守らなければならないものがある。ここで君に負けるわけにはいかない」
「……ならば、殺してみろ。決意はできたのだろう? 天の巫女の最後も、その全てをおれは知っている。その上で殺せるというのであれば、殺してみろ」
この土壇場で、スタンレーはそんなことを言った。
「まさか、君が彼女の行方を知っているはずがない。巫女は皆――」
「十四才で死ぬ、か。そうだな……おれが生きている内には――おれが認識する世界では、既に天の巫女は死んでいた。だが、もしおれが天の巫女と――《天の星》と同様の力を有しているとすれば」
「……星読みの力、ですか。なるほど、それが君の切り札ですか」
この一言で、バリオンは悟った。
これまでの戦いは、自身の《秘術》を奪う為のもの。そして、ここからは純粋に命を奪う為の戦い。
どれだけ調べても辿りつかなかった巫女の情報、そこに自分の命を賭けられるのか――若さとは裏腹に、卓越した駆け引きの能力だった。
「ぼくは彼女を救えなかったことを後悔しているよ。あの子が攫われてから、天の国はおかしくなってしまった。ウルス君は出て行ってしまい、王子も気に病んでしまった……息子も、ぼくの汚名を晴らすかのように自分の子供を厳しく躾けるようになった……なにもかもが、あの時に壊れてしまった」
「……」
「だがね……いまは違う。ぼくは、自分の幸福を追求してもいいのだと、自分を許すことができた」
「年老いて耄碌したか」
「年老いて、しがらみから解き放たれたんだよ。君もいつか、それが分かるかも知れない」
詠唱破棄で放たれた光線がスタンレーを貫いた途端、彼の体は霧の如くに消えた。
「おれには、幸せになる権利はない――なるつもりもない。奪ってしまった幸福は、おれの人生で埋め合わせる」
「誰もそれは望みはしないよ」
死人の声が聞こえているという認識のはずだが、バリオンは穏やかに答えた。
「陽よ、氷を輝かせよ《天舞の細氷》」
刹那、凄まじい冷気が周囲を襲い、続くように無数の細氷が刃へと姿を変えていく。
「美しい術だ」
「この術は技の鮮やかさを磨いた女のものだ。だからこそ、単純で使いやすい」
「……君は盗んだ《秘術》を、よく理解しているようだ。なら、きっとぼくの気持ちも」
「断じることはできないが」
「であるならば、最後に聞かせて欲しい。あの子は、どうなったのか」
その時点で、スタンレーは気付いた。バリオンは罠があると分かった上で踏み込み、死を選んだのだと。つまり、自分の命より情報を優先したのだ。
「お人好しな男だ」
全てが終わった後、そこには血の池が生じていた。
彼が十八番としていく《天舞の細氷》は、《秘術》の精神逆流の効果の乏しいものだった。
元の使用者はただひたすらに美しさ、技のキレを磨き、ストイックにその限界点を目指し続けた。
だからこそ、ポジティブな眩しさもなく、ネガティブな悲しみもない。純粋な探究心に裏付けられているからこそ、彼に適合していた。
だが、その意味でいうとバリオンの《秘術》は凄まじい感情の本流を宿しているのだろう。優秀であれど、彼はそれを使うことを自ら戒めるのだろう。
「刹那の痛みを越えろ《幻影召還》」
死界へ召還命令を飛ばし、彼はバリオンの魂をこの世界に呼び戻した。
「……教えてくれる、ということかい」
「ああ。だが、おれの知っている情報は少ない」
「君の口から聞いてみたいものだよ」
「……ああ」
再び、違和感のある言い方であった。
「天の巫女が死亡したのは、火の国の砂漠だ。おれを産んだ後、砂漠に住むヘルドラゴに食われて死んだ」
「砂漠の竜……ですか」




