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「アカリちゃん、冒険者になったらどうだい?」
気の強そうな肝っ玉母さん風のマスターはぶどうジュースを注ぎ、アカリに手渡す。
「どっかに所属するのはどうもねぇ。それに、効率を考えても《紅点》を狩ってる方が合理的ってね」
「年頃の女の子が指名手配犯の狩人をやってるなんてねぇ、あたしも若いころは冒険者としてブイブイ言わせてたけど、そこまではやってなかったからねぇ」
《紅点》、それは話にも出たが、冒険者ギルドが挙げている指名手配犯のことだ。
大抵が冒険者内で解決されるが、危険性が高いこともあり、所属していない者にも依頼が出されるのだ。
冒険者ギルドに所属した場合、こうした仕事でも一部が持っていかれる。逆に、フリーでやっていれば報酬全てを自分の手中に収められるという仕様だ。
かなりニッチな仕事とはいえ、こうしたことを生業にしている者を賞金稼ぎ、バウンティーハンターとも言う。
ただ、そんな方法で金を稼ぎ、生活水準を維持できる人間は数少ない。豪勢な生活ができる者ともなれば、五指で数えられる程度だろう。
しかし、そんな腕を持っている人間ならば冒険者で働いた方が効率はいい。もちろん、組織のしがらみがあるので一概にはいえないが。
ぶどうジュースを一気に流し込み、五十三枚の銅貨を机に置いた。
「相変わらず、アカリちゃんはしっかりしているねぇ」
「おばちゃんには世話になっているけど、料金きっちりがあたしの性分だから」
羽振りの良さにもよるが、枚数を数えるのが面倒な場合は銅貨を入れた袋を直接置いていくことも多い。
多少少なくしても気づかれないが、大抵は少し多めに払われる。
飲み物一杯程度なら数十枚で済むが、食事や酒などを入れてくると、数百枚を使うようになるだけに仕方がない。もちろん、アカリならば後者の場合でもぴったりの値段を支払うだろう。
店を出た途端、アカリは瞬きした。
「……また、あのお姫様だねぇ」
バウンティーハンターの仕事はある意味、間を繋ぐ為のもの。
アカリが収入源としているのは、王族から受け取れる報酬だ。それがあるからこそ、彼女の生活はまったくといっていいほど困窮していない。
「ゲヒヒ……姫様、悪いな」
「自覚しているならやめときな」
男が振り返った途端、火球が襲い掛かり、一撃で倒された。
今まさに男に襲われていた少女を見て、アカリは慣れたように手を差し出す。
「姫様、危ないところだったねぇ」
「また会ったわね」
稲妻模様のようなアホ毛を立たせ、ライカは不満な表情を見せた。
抵抗していたライカを荷物を担ぎあげるように背負い、無理やり城にまで連行し、王の待つ謁見の間で開放する。
「ほら、王様。いつもどおり連れ帰ってやったよ。あと、襲われているところも助けたから、報酬は弾ませてほしいねぇ」
「いつもお世話になっていますね」
黒髪スーツという、この世界に似つかわしくない格好のラグーン王は指を鳴らし、そばに置いていた兵士に金貨の入った袋を渡すように促した。
冒険者ギルドだけではなく、アカリはこの場面でも中身を検める。
「……とりあえずは満足ね」
アカリが去っていった後、兵士はラグーン王に小声で問いを投げかけた。
「あのような野良にあそこまで支払うべきですかね」
「事実、彼女はライカを連れ戻してくれています。恩人の陰口を叩いてほしくないものですね」
「ハッ、申し訳ありませんでした」
ラグーン王はアカリの本質を見抜いていた。
金で結びついているからこそ、彼女は絶対的に信頼できる。そして、彼女は強い、と。
忠誠心はなくとも、雷の国側が金を持っていると知れば、それを利用する強かさを持っているとも読んでいた。
言ってしまえば、ライカの安全と同時に私兵的な要素を見ているのだ。
彼女がバウンティーハンターとしても上位に位置づけられていることを知っているだけに、雷の国に引き止めて置きたい、という意思もあったのだろう。
なにより、ライカの反応からしても他の人間に助けられるよりかは、アカリに助けてもらった方が安心という親の目もあった。




