10Δ
――首都ビフレストにて……。
彼は力を欲し続けた。
盗賊ギルドを掌握した後、そのボスの座をストラウブに譲り、自身を存在していない影の存在とした。
当然、あの女性は反発したが、暴力的な脅しに対しては無力だった。彼女はベイジュの支援さえも失い、自分の体を売ることで生計を立てることになった――が、そんなことは彼の眼中になかった。
彼はひたすらに進み続けた。止まることもなく、何を目指すのでもなく、まるで泳ぎ続けなければ死んでしまう魚のように、ひたすらに何かを求めて走り続けた。
その姿を聞けば、狂人のそれを想わせるが、誰もそうとは想わなかった。彼はあまりにも現実的で、こうした奇行を神業と想わせてしまうほどに鮮やかだった。
次々と優秀な《秘術》を有する者達を倒していき、盗賊ギルド内で離反を起こす危険のある者達を殺していき、ひたすらに殺していき、彼は何かを失いながらに、また何かを築き上げていった。
そして、彼は自分のルーツに立ち返ることになった。
姫がそう言い、自分もそうであると自覚した起源。《天の星》へと。
だが、皮肉なことに彼はそこに辿りつくこともなく、別の目標を捉えた。
「その瞳……まさか、君は」
「ええ、ぼくは二代前の天の星――天の巫女の息子です」
アリトから借りた服――シャツにスーツにスラックスというかつての服装を想起させる一式だ――と、彼から盗んだ人柄で話しかけていた。
相手は《天導師》と謳われるバリオン。さすがの彼も、平で戦えばタダではすまない、ということを理解していたのだろう。
盗賊となってから、彼は卑怯も姑息も全てを受け入れる覚悟を持っていた。
「で、ではっ! 彼女は……姫様は、生きている?」
「……いえ、残念ながら。母はぼくを産んですぐに――」
「そう、そうか……いや、だが君が来てくれたのはありがたい。きっと、ビフレスト王も歓迎してくれる。ビフレスト王家の次期王として……」
皮肉だったのは、姫の目したことが想像以上に上をいっていたことだった。
彼は血統上、天の国の貴族どころか、王位継承権まで有していたのだ。
「おれが、王か」スタンレーは静かに言う。
「……ゆくゆくは、そうなることだろう。何せ、ビフレスト王に男の子供は――」
「くだらないな、転がり込んでくる幸福なんて。くだらない……もう遅い」
盗賊ギルドを独力で獲得した彼からすれば、天の国の王という立場はそこまで魅力的に映らなかった。
なにより、全てが遅すぎた。もっと早く――姫が生きている時代に気付いていれば、アリトに遠慮をすることなく彼女に応えることができただろう。
そう、もはや天の国の貴族である必然性は僅かにもなかった。むしろ、世界の裏とやり合っていくということを想定すると、表の身分はマイナスにしかならない。
「君を見つけられなかった非は、ぼくにもある。だが、戻ってきて欲しい。そうすれば、王子は失った時間を――」
「他人の心配をするほど、おれは余裕を持ってはいない」
そう言うと、スタンレーは真正面から切り込んだ。
鋭い導力の刃は橙色を湛え、《天導師》の首を取りにいった。
だが、さすがは天の国でも随一の使い手――魔導二課の隊長である。この近接攻撃に対しても瞬時に反応し、《魔導式》を展開した。
「遅い」
「間に合わないことは分かっているとも」
《魔導式》は彼の前方に展開され、咄嗟にスタンレーはそれを薙ぎ払った。
叩き割られた《魔導式》は周囲に散らばるが、バリオンは動くこともなく《魔導式》の展開を続行し――そして、砕かれた導式を引き寄せた。
「(あの破損率から復旧するか)」
展開に要した時間は、普通の使い手が下級術の発動に使う長さだった。
しかし、彼の場合はその半分以上を砕かれた《魔導式》を再構築し、その上で発動に間に合わせた。実質的に言えば、七割から五割ほどの時間で発動させていると言える。
ただでさえ時間の差が少ない下級術でこの割合まで詰めるという時点で、彼が老いながらも衰えていないことがよく分かる。
「《天ノ十九番・空線》」
鋭い光線が空を裂き、超至近距離からスタンレーを打ち抜こうとした。
彼はスタンレーが巫女の子供であると分かりながらも、もはや分かり合えないと――初めからその意図ではなかった、と断じていたのだ。
だからこそ、油断はない。邂逅一発目から殺しに掛かった。
彼もまた、そんな相手の殺意に満ちた攻撃を避けながらに口許を緩めた。
「そうだ。これでこそ狩り盗る価値があるというものだ!」
「やはり、君の意図は天の国との敵対か。残念だよ」