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「……ちっ、してもしゃあねぇだろ。オレがもう死んでるっていうなら、抵抗するだけ無駄じゃねえか」
あまりの潔さに内心で驚きながら、彼は小さな声で「お前の望みがあるなら、一つだけ叶えてやろう――その代わり、お前はその身朽ちるまで、おれの僕だ」と取引内容を告げた。
「死んだ奴に願いなんて……いや、その竜牙刃、一度だけ貸してはくれねぇか」
「……分かった」
この術に関して、彼は幾度か実験を行っていた。
この意識が持続する時間に蘇生対象の資質が関わってくること、そして死亡回数や欠損具合に影響し、最終的には消滅してしまうこと。
自分をここまで苦しめた男ならばしばらく使える、という自覚はあったものの、自我が消えた後にナイフを奪い取るのは容易だと考えたのだ。
「わりぃな」
何もかもを悟りきったような態度に違和感を覚えながらも、スタンレーはナイフを手渡した。
すると、彼は何かを念じながらナイフに何かを刻み込み――指でなぞってはいるが、傷などはみられなかったが――すぐにナイフを返してきた。
「しかし、不思議なもんだ。あんなに欲しかったものが、こんな近くにあったなんてな……人として、ベイジュとして、それを自覚できたことは、お前に感謝しなきゃならねぇかもな」
「……なんのことだ?」
「さあな、これでオレの願いは終わりだ。さっさとオレを戻してくれ」
戻すの意図が分からず、眉を寄せたスタンレーだが、彼の意志に反する形で仮面の構築が完了した。
途端、それまで満ちていた精気は消え去り、屍人形は両手をぶらんと脱力させた。
「……あいつが見てきたのは、一体なんなんだ? まさか、死の先にも何かが――いや、考えるだけ無駄なことだ」
死者を蘇生させる《幻影召還》、その弱点は死してすぐの人間しか蘇生できないということ。
あと四年早くこの術を獲得できていれば、姫の想いに応えることも――謝罪することも叶っていただろうということは、あえて考えていなかった。
そもそも、死んでしまえばその命の連続性は途絶える。一時的な蘇生で得られるのは、自己満足な喜びでしかないことを、彼はこの時点で悟っていた。




