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それから彼は、何年も掛けて計画を進めた。
オキビを擁するベイジュ派閥が盗賊ギルドの全権を掌握したのは、葬儀の後のあの邂逅の時だった。
その現状を切り崩さないことには、ストラウブをボスにできないと、彼は連絡線の切断を始めた。
自分個人の欲求を捨て、彼は一つの装置として――姫がそれに抗おうとした巫女の如く存在として、ストラウブを突き動かそうとした。
自身の力が天の巫女のそれと同質であるかはともかく、それに劣っているという気は彼になかった。
気付いてみれば、彼は自身が七属性を使えるという事実を認め、その完全掌握から始めた。
彼は才気にあふれていた。その彼が自分をまるで道具のように酷使し、かつその使用者が自分という歪みきった状況の中で研ぎ澄ますことで、ものの数年で彼は導力戦闘を完全な形で体得する。
その上、死の場面に立ち会った時の為にと、勢力争いの暇を縫っては各国を巡り、医療技術の取得に奔走した。
彼を構築するほぼ全ては、この時期に獲得された。
そして、その技術の終着点で彼が求めたのは――皮肉なことに、力という名の、過去の幻影だった。
「おれは覚えている……おれは忘れていない。忘れはしない」
彼の瞳には、自然とあの時の姫と同じように、涙が覆っていた。
「おれの……おれ自身の――罪状を我が前に晒しあげろ《審判の監獄》」
瞬間、周囲に紫色の結界が構築され、彼は無心で涙を拭い、笑みを浮かべた。
壊れた、ぐしゃぐしゃな笑みであったが、その記憶を辿るようにして周囲には無数の《魔導式》が数値として浮かび上がった
「これが、これがあいつの《秘術》か……見える、分かる――あいつの力は、ここにある」
《魔導式》を構築していく中、彼は異様なほどの疼きを覚えた。
彼女がどんな気持ちでこれを組み上げ、そしてどんな気持ちで発動したのかを。
「分からず屋……分からず屋か。何もかも、真っ黒に焼き焦がせたら、そこになにもなく……おれが盗賊の子供だとか、あいつが王族だとか、アリトが領主のガキだとか、そんなことを考えなくてよくなるって……」
強烈な願いの織物、その縦糸と横糸を辿る毎に、彼は凄まじい自責の念に駆られた。
まさしく、自身の人生の罪状を洗いざらい暴き出されているような感触に襲われるが、スタンレーの涙は消えた。
「……今、発動する必要はない。もう、感覚は掴んだ」
《魔導式》はゆっくりと機能を停止していき、最後には赤い粒子となって散らばった。
一通りの修行を終えると、彼はカーディナル城へと向かった。
もはや公然の秘密となった二人の関係故に、過去のようにハンカチを使うこともなく正門から入ることが許されていた。
慣れ親しんだ商業都市を進み、官邸内の一区画――《盟友》とされるアリトの私兵団の区画――に入り、彼自身と対面することになった。
「やぁ、久しぶりだね。ここ最近はどことやり合っていたのかな」
「お前こそ、どうなんだ?」
「……父さんの話じゃ、遠からずに縁談が組まれるそうだ。相手は君が目したとおり――コアル姫だろうね」
「子供だな」
「俺はそれでいいと思っている。姫様が託してくれた願いが彼女にあるなら、俺はそれに従おう」
「フッ」
影を背負うなという言葉を聞きながらも、彼はその強すぎる闇に囚われていた。二人の男は結局、未練がましく死んだ女の幻影を追っていたのだ。
「それで、今日の用事は?」
「中心的盗賊の何人かはおれが始末した。あとはお前に――カーディナルが資金援助をしているギルドを幾つか切ってもらいたい」
「おいおい、今までの出資をふいにさせるつもりか?」
「おれが――ストラウブ様が盗賊ギルドを抑えれば、もっと大きな収穫が、いや……お前の願いである砂漠の王にもっと近づくはずだ」
アリトはお坊ちゃんらしさの捨てきれない気障な態度で髪を靡かせると、「砂漠の王様、か。なれるもんかね」と軽口を叩いた。
「おれの計画では、お前が砂漠の王になるまで織り込み済みだ。おれの成功が同時にお前の成功となるなら――お前の成功もまた確実だ」
「相変わらず自信家だね、君は。野良犬がカーディナルの次期領主相手にここまで言い張るなんて、普通じゃあり得ない」
「今はその野良犬が盗賊ギルドを、砂漠を――いや、この大陸を変える立場にある」
「はは、大きく出たねぇ。じゃあ、こっちも期待に応えるとしよう」