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――十四年前、カーディナル城にて。
「アリト、どういうことだ!?」
「……分からない。だが、姫様は――」
「馬鹿言うんじゃねえよ。あいつが……おれよりも強いあいつが、死ぬわけねぇだろ……あいつはまだ……十四だぞ……死ぬわけねぇよ」
巫女失踪事件、十四才になった巫女が突然姿を消したという事件は、王家の中で密に扱われていた。
こうした失踪事件は過去何度もあり、民としての認識は巫女が聖地に入り、次期巫女に力を分け与えて出家するというものと思われていた。
だが、実際は違う。姫は突然消え、王家も混乱していた。
表向きには姫を許嫁としたアリトには、この報告が来ており、彼を経由することで盗賊――こちらの表向きは一般人――のスタンレーにまで到達した。
「僕は首都で行われる葬式に参加する……君は、どうする。望むなら、カーディナルの人間として通すよ」
「……通すなら、あいつの友人ということにしろ」
「……分かった」
スタンレーはまるで状況が理解できず、流されるようにして、気付いた時には葬儀の会場で座っていた。
「あいつは……死んだのか?」
「……ああ」
アリトは彼の顔を見ようとしなかった。常に強くあり、常に獰猛だったスタンレーがこうした状況になっていると確認する度に、死を認識せざるを得なくなるから――自分が弱くあることができなくなるから。
「嘘だろ、おい……」
意識せず、涙が流れた瞬間――彼の瞳に虹色の光が宿った。
刹那の内に、意識は虹色の光の渦の中に落ち、音や風景、匂いや味や感覚といったごった返しの中、彼はそれを見た。
燃えさかる炎の中、赤茶色の髪をした男がストラウブを殺す場面を。
「これは……父さんが、殺される?」
涙があふれ出すが、自然とこの風景が初めて見るものではないと彼は気付いた。
幼い頃、意味も分からずに見た光景の中には、これが含まれていた。三つになる前ということもあり、何も理解できてはいなかった。
だが、今はおおよそのことが見えていた。
「そうか……おれは、この恩返しをする為に、生きてきたんだな。おれは今まで、無駄な時間を歩んできた」
目を覚ました瞬間、彼は動転した状態がすっと抜けたように、落ち着き払った態度で席を立った。
「お、おい」
「悪い、用事ができた」
「待てって!」
「最前列の子供……確か、名前はコアルだったか」
「あ、ああ、そうだ」
「あいつの遺言だ。自分の影を背負わないでくれ……だそうだ」
「影を……姫様がそんなことを――って、おい!」
騒ぎ立てるアリトとは正反対に誰も声を荒立てず、スタンレーは静かにその場を後にした。
姫の死をきっかけに、彼は原初の死――育ての親が死ぬ場面を思い出したのだ。
そして、認識を取り戻したからといって、悲しみ消えない。姫の死もまた等しく、彼の中では紛れもない一つの死なのだ。
「もう二度と、おれの大切な人を殺させたりしない。もう誰にも、おれのものを盗らせたりしない」
彼は姫のことを忘れようとした。彼女に時間を費やしたのを仮の自分とし、本当の自分が今から始まると認識させる為に。
死の定めを持つ父親を救うことで、救えなかった過去を救う為に。
『そしておれは出会う。おれの人生にかかる煤――死神に』
葬儀の後、彼はストラウブと合流し、ダストラムの本部へと向かった。
集まりにこそ遅れることになったが、そこで自分の人生のラストボスとも言える、《焦土師》のオキビと出会うことになった。