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大空のフィア  作者: マッチポンプ
後編 ダークメア戦争
1043/1603

 ハンカチに刺繍された紋章は、カーディナル領主のそれであった。これは一般に出回っておらず、その精巧で金糸まで縫い込まれた一品は、複製品を作ることを諦めさせるものだった。

 売ればそれだけで金貨二、三枚は軽く取れるような代物を、この金持ちの子供は平気で渡してきたのだ。野良犬同然の自分に、それがスタンレーに取っては果てしのない文化的驚きだった。


「何故、ここまでする」

「あのおじさんの名前を聞き忘れたって言ったでしょ? 君が知っているなら、その窓口を残していた方が良いと思ってね――それと、理由が理由だってさっきも言ったよね」

「……そうか」


 それ以上聞こうとはせず、スタンレーは町の外――もちろん、正門経由だ――に向かって歩き出した。

 不思議な出会いの連続に驚く一方で、彼はストラウブが大金をせしめた理由、その本当の仕組みが気になり始めていた、

 裏がないことは彼もうっすらと気付き始めていたが、それにしても並大抵の頼み込み程度ではあれほどの大金は得られない、とも考えていたのだ。


「さっきはありがと」

「……姫か」

「そう! あなたに助けてもらったお姫様」

「なんのようだ。おれの用事は片付いた」

「やっぱり、アリト君に用事だったのね」


 スタンレーは目を鋭くした。


「どういうことだ」

「あの後も二人の様子を見ていました」

「なるほど、しかし……」

「どうして? って言いたいんですよね。理由は簡単ですよ、あなたがアリト君になにかしらの影響を与えるんじゃないか、って感じたからです」


 何かしらの影響、という言葉を聞き、訝しむような顔で姫の瞳をのぞき込んだ。

 煌々と燃える炎のような、紅蓮の瞳。そこにあるのは、炎とは正反対に、揺らぐことのない意志だった。


「綺麗な目」

「は」

「その空色の瞳……まるで、私の友達みたい」

「空色……考えたこともないな。こんな青い目、珍しくないだろう」

「ううん、その色は空色ですよ。少しだけ青いけど、それでもフォルティスに住んでいる人の目とは違う感じ」

「それで?」

「あなた、もしかして天の国の貴族?」

「馬鹿言え、話しを聞いていたならば分かるだろ。おれはただの盗賊風情だ。この砂漠の野良犬だ」

「でも、お父さんは居るんでしょ?」

「……」


 天の国の貴族、という単語については気に留めてもいなかった。

 彼女が何かしらのきっかけを元に挑発し、それによって自分から何かを引き出そうとしているのではないか、と彼は考えていたのだ。

 しかし、姫はただまっすぐな視線を向けるだけで、偽りの色を見せなかった。


「お前こそ、どうしてあの男を避けている」


 ばつが悪くなり、スタンレーは先ほど話したアリトを話題に出し、切り替えを図った。


「避けているって言うのは、少し違うかな」

「面倒な言い回しだ」

「ううん、本当にそうなの。アリト君のことは嫌いじゃないし、きっと素敵な人になると思うの……でも、なんか違う世界の人みたいな感じ」

「金持ちと王族なら、お似合いで同じ世界の人間だと思うが」

「そういう意味じゃなくてね。そうだなー……うん、むしろ、私はあなたの方が親近感沸くの」

「嫌みか?」

「あなたからは私と同じ、普通の人とは違う何かを感じるの。アリト君もきっとそうなんだけど、それとはまた違うっていうのかな」

「……だから、何が言いたい」

「せっかくだから、私と付き合ってみない? アリト君との関係を進めたくもないし、友達のままでいたいからさ」


 ただひたすらに面道事に巻き込まれた、彼はそう感じていた。


「断ると言ったら?」

「お父様に言っちゃうかも」

「……」

「でも、付き合ってくれるなら、あなたのお父さんの悪さには目を瞑るように言ってもいいよ?」

「本気か? 火の国の姫が盗賊……それも――三下盗賊一人を(かば)い立てするのか?」

「水の国とかとは違うんだしさ、こっちはラフだし。だから、多少は自由にやっても構わないの。ねね、いいでしょ? そっちの方が、お金もすぐに稼げるだろうし」

「なんなら、金を直接くれるんなら考えてもいい」

「へぇ、いくら?」

「金貨五百枚」

「ふふっ、そればっかり。それよりおっきなお金を見たことないんだ」

「……どうするんだ」

「お金はあげない。それをしたら、友達になることもできなくなっちゃうから」


 子供ながらに、この姫はしっかりしていた。金銭のやり取り――それも大金が絡むとなれば、ただ事では済まないことをよく分かっていたのだ。


「ならば――」

「今、金銭の要求したでしょ? 断ったら、それこそ姫を強請(ゆす)ったってことで盗賊を抑えにいっちゃうかもよ」

「ならばここで始末するだけ――」


 瞬間、姫は凄まじい熱気を放ちながら、反撃の隙さえ与えずにスタンレーの眼前に移動した。

 攻撃を仕掛けようにも、皮膚を纏うかの如く放たれる火属性の導力が自動反撃の役割をなし、彼からはなにもできないという状況に陥った。


「これでも私、《火の星(・・・)》だから」


『そう、これがおれとあいつの出会いでもあった。そして、こいつは約束を果たし、父さんの件には首を突っ込まなくなった――金を使い、ギルド内で派閥を作るのにも、時間は掛からなかった』


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