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大空のフィア  作者: マッチポンプ
後編 ダークメア戦争
1042/1603

 三人は都市内部を歩き、行き交う馬車には目もくれず、店の並び立つ通りを進んだ。

 もちろん、スタンレーはなにも言わない。自身が接触しようとしている相手は、この都市の領主の息子――野良犬も同然の自分が探していると言えば、間違いなく警戒されると思っていたのだ。

 それは大きく間違っていなかった。実際、ここで安易に漏らせば、彼が不正な手段で侵入したことが明らかになっていただろう。

 この時代においていっても、やはり彼はどこか利口で、年齢以上に物事を理解していた。


「――姫様、本当に許してくださいよ。父さんに怒られていたのは、僕が良いことをしようとしたわけで……」

「言い訳ですか?」

「いえ、本当のことです」


 黙って歩くスタンレーに対し、二人は話し始めていた。何を探すかも分からない状況である以上、これも仕方のないことだった。

 それにしても、この少年は姫を前にしてもどこか愚直で、スタンレーとは正反対に引くところを引けない(たち)であった。


「子供想いのおじさんがお金を要求してきたので、それを貸してあげたんですよ……まぁ、僕の貯金だったんですけど」

「そういうのは無意味な施しというんですよ。あなたのことだから、どうせ名前も聞いていないんでしょ?」

「そ……ういえば、そうでした。でも、きっとあの人は返しに来てくれますよ。いつ返せとも言ってませんしね」


 聞き流していたスタンレーは、この時点で引っかかりを覚えた。


「(姫とここまで近い関係で……金を貸せるような子供……父親に怒られた、か)」


 幸か不幸か、彼は獲物を捉えた。

 スタンレーは姫の耳許に口を近付けると、小さく呟いた。


「これで貸し借りはなしだ。今からこいつを足止めする、その間に逃げろ」

「えっ」

「それが要求だろ?」


 しばらく迷った後、姫は黙ったまま頷き、走り出した。


「あっ、ちょっと待ってください! 姫様!」

「待つのはお前の方だ」

「なっ、放っ――痛てて」


 凄まじい握力で手首を掴んだスタンレーは、獰猛な獣の目で少年を睨み付けた。


「お前がカーディナル次期領主、アリトか?」

「はなっ――放せよ!」

「質問しているのはこっちだ」

「姫様がどっか行っちゃうだろ!」

「避けられていることに気付かないのか、このスカタン」

「さけ……え?」


 そこでようやく、アリトは抵抗する意志を失い、脱力した。


「……そうだ、僕がアリトだ。次期領主なんて大それたものじゃないけどね」

「お前に金を要求した男は、盗賊――赤い鼻の男だったか?」

「よく知っているね……ああ、そうだよ。ツイてないね、ただ気前よく人助けをしたつもりが、姫様には嫌われ、君みたいなわけの分からない男の子に付き合わされるハメになったんだ」

「どういう条件で貸した。金貨五百枚ともなれば、恵まれた生活を軽く十年はできる額だ――身の上も知らない男にタダで渡すとは思えない」

「だから、返してもらうから問題ないんだって。それに、あの人は盗賊って自分から言った。身の上も知らないわけじゃない」

「……その上で貸したのか?」

「困っていたからね……それに、理由も理由だったから」


 スタンレーは再び、唖然とした。

 アリトの理屈は一から十まで、全てが理解不能なものばかりだった。

 スタンレーに備わる既存の価値観では語り尽くせない、不合理と損得勘定の破綻、それが目の前の少年には内包されていた。


「……なら、ここで返す。この金は必要なくなった」

「えっ、まさか君が……?」

「少し手を付けたが、いつか――そう遠くない内に返そう」

「なるほどね、ならまだ返さなくて良いよ。その金があった方が、もっと早く都合できるでしょ?」


 感情の読めない顔で、アリトはそう言った。


「お前、本気か? ただの子供にそんな運用ができるとでも?」

「僕もただの子供だけど、少しくらいはできる」


 確かに、元手があればそれだけ金は稼ぎやすくなる。手を付けたのが金貨一枚にも満たない以上、五百枚を上手く回せば、まさしく一瞬で取り戻すことはできるだろう。

 純粋な富のやり取りでさえそうなのだから、人を使う方向で回せば、より確実に全額返金を果たすことはできる。


 ただ、スタンレーはかなり疑心を抱いていた。また、一方でこの元手があれば、ストラウブの現状を変えることができる、とも思っていた。

 借りた金であっても、利用し切ってから返すと考える辺り、やはり彼は子供とは思えない思考をしていた。


「……」

「今回は君の身分も咎めるつもりはないよ……それと」


 アリトはポケットからハンカチを取り出すと、スタンレーに手渡した。


「また変な通路を使って引っ捕らえられたら大変だ。次来るときは、それを見せればいい。僕の友達っていえば、きっと通してくれるよ……幸い君は、子供だしね」


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