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大空のフィア  作者: マッチポンプ
後編 ダークメア戦争
1041/1603

 ――都市カーディナルにて……。


 いくら治安の悪い火の国でも、商業都市としての体面(たいめん)を持つカーディナルは入出に門を経由しなければならない。

 それ故、多くの商人が他国からも渡り、安心して取引を行っているのだ。


 ……しかし、文字通り、これは体面上の話。実際は盗賊ともずぶずぶの関係であるカーディナル領主の影響で、彼らの為の進入路は存在している。


 スタンレーは手持ちの金貨を崩し、銀貨一枚で盗賊から情報を買い、侵入を成功させた。

 ストラウブの言っていた調べる、というのもここら辺に掛かっていたことなのだろう。


 初めて見る豊かな都市にスタンレーは目もくれず、領主の息子を探すべく、町中を歩き続けた。


『そしておれは、あいつと――あいつの女と会った』


 収穫もなく、砂漠では珍しい噴水の近くに座り込んだスタンレーは、息を切らせながらに喉の渇きを認めた。

 背後に充ち満ちる水を聴覚で捉え、彼は水面に顔をつけ、飲み干さんばかりの勢いで飲水を始めた。


「それ、あまり綺麗ではないので、飲まない方がいいですよ」


 言われながらに「余計なお世話だ。汚い水くらい飲み慣れている」と、スタンレーは見当違いな反論をした。

 続くように肩に手を置かれ、彼は獰猛な獣の目で振り返った。


 水飛沫が顔に掛かったからか、少女は手の甲で目を擦り――しかし、笑みを崩すこともなく、木筒を手渡してきた。


「……なんのつもりだ」

「こちらは清潔な水です」

「どうしておれに渡す」

「困っているからですよ」

「……偽善だ」

「知らないの? 貴方みたいな人を貧しくさせると、悪さが増えるのよ? だから、私はこうやって恵んであげるの」


 急な人の変わりように、スタンレーは唖然とした。


「とりあえず、受け取ってください」

「……あ、ああ」


 水筒を受け取ると、少年は僅かに迷った後、口を付けた。

 確かに、清潔な水で、噴水のそれと比べると土臭さもなかった。


「(綺麗過ぎるな……おれには)」


 全てきっかり飲みきると、スタンレーは突きだした。


「返す」

「はい」


 どこか強かな少女は、先ほどの感情の隆起が幻だったのではないか、と感じさせるほどに、優しげな表情で粗野な応対をも受け入れた。


「――さん? どちらに……」


 走ってきた少年を見ると、少女は嫌そうな顔を一瞬だけ見せ、スタンレーの隣に座り込んだ。


「随分と遅い到着ですね」

「す、すみません……父さんに叱られていて――」


 白いシャツに灰色のチョッキ、黒のスラックスとまるで雷の国の服装のような格好をした――つまり、火の国らしくない――少年は、息を荒げながらに弁明を始めていた。


「それがカーディナル次期領主の言い訳ですか?」


 笑みはそのままに、少女はとても威圧的に言っていた。


「じゃあ、おれはこのへんで――」


 面道事を前に、さっさと立ち去ろうとしたスタンレーの手首は、何者かに掴まれていた。


「お水あげたでしょ? もう少し座っていてください」と、小声で言う。

「なんでおれが――」


 大きな声で言おうとした矢先、彼女は小さな声で「しーっ」と声を抑えるように要求した。

 従う義理はなかったものの、その場の空気に押されるようにして、スタンレーは座り直すことになった。


「……その、隣の彼は?」

「私の彼氏」

「は? まさか、姫様がそのような……」

「そのような?」スタンレーは唸るように言う。

「い、いえ……君を悪く言ったつもりは……でも――」

「でも、なんだよ。文句があるなら、さっさと言えよ、男らしくねぇ」


 まるでストラウブの話し方が移ったかのように、スタンレーは崩した口調で喧嘩気味に突っかかった。

 しかし、肝心の少女はそれを止めるでもなく、口許を隠してころころと笑っていた。


「……ああ、ならはっきり言おう。君みたいな人じゃ姫様に相応しくない」

「姫様に相応しく――姫様だと?」

「そ、そうだ」


 そこでようやく、二人の視線が少女に戻った。


「どういうことだ」

「言いませんでしたっけ? 私はフレイア王家の姫ですよ?」


『この時は、まずい奴に会ったと思った』


 スタンレーは唖然とし、逃げるべきかどうかを考えた。

 当たり前のことだ。彼の身分は一応盗賊であり、正規の身分証は持ち合わせていない。

 王族であれば、それを見抜いた上で話しかけてきたとしても、おかしくはないのだ。なにせ、姫と自称し、物怖じする態度を見せない辺りは――。


「せっかくですし、どこか遊びに行きません? ……三人で」

「さ、三人で……ですか」

「断る。どうしておれが」

「なっ、姫様になんと無礼な――」

「お水、あげましたよね?」


 身形(みなり)のいい少年を遮る形で、姫は威圧を掛けた。


「もう貸しは返したろ。おれは用事がある」

「あのくらいで貸し借りなしに……ですか。私は構いませんが、なんと言いますか、器が小さいですね」

「なんだと!?」

「それで、あなたの用件は? ……当然、それくらいは言ってくださいますよね?」


 冷ややかな顔を見て、彼は確信した。


「(こいつ、やはり見抜いて……)」


 気付いた時、彼の腕は姫の腕と組まされていた。


「探しに行きましょ? その用事を。一人よりも、三人の方が早く見つかるでしょ?」


 瞬間、彼の中から疑いは消えた。

 その少女の見せる笑顔が、どこかストラウブのそれと似て、裏を持っていないように眩しかったのだ。




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