2Δ
――都市カーディナルにて……。
いくら治安の悪い火の国でも、商業都市としての体面を持つカーディナルは入出に門を経由しなければならない。
それ故、多くの商人が他国からも渡り、安心して取引を行っているのだ。
……しかし、文字通り、これは体面上の話。実際は盗賊ともずぶずぶの関係であるカーディナル領主の影響で、彼らの為の進入路は存在している。
スタンレーは手持ちの金貨を崩し、銀貨一枚で盗賊から情報を買い、侵入を成功させた。
ストラウブの言っていた調べる、というのもここら辺に掛かっていたことなのだろう。
初めて見る豊かな都市にスタンレーは目もくれず、領主の息子を探すべく、町中を歩き続けた。
『そしておれは、あいつと――あいつの女と会った』
収穫もなく、砂漠では珍しい噴水の近くに座り込んだスタンレーは、息を切らせながらに喉の渇きを認めた。
背後に充ち満ちる水を聴覚で捉え、彼は水面に顔をつけ、飲み干さんばかりの勢いで飲水を始めた。
「それ、あまり綺麗ではないので、飲まない方がいいですよ」
言われながらに「余計なお世話だ。汚い水くらい飲み慣れている」と、スタンレーは見当違いな反論をした。
続くように肩に手を置かれ、彼は獰猛な獣の目で振り返った。
水飛沫が顔に掛かったからか、少女は手の甲で目を擦り――しかし、笑みを崩すこともなく、木筒を手渡してきた。
「……なんのつもりだ」
「こちらは清潔な水です」
「どうしておれに渡す」
「困っているからですよ」
「……偽善だ」
「知らないの? 貴方みたいな人を貧しくさせると、悪さが増えるのよ? だから、私はこうやって恵んであげるの」
急な人の変わりように、スタンレーは唖然とした。
「とりあえず、受け取ってください」
「……あ、ああ」
水筒を受け取ると、少年は僅かに迷った後、口を付けた。
確かに、清潔な水で、噴水のそれと比べると土臭さもなかった。
「(綺麗過ぎるな……おれには)」
全てきっかり飲みきると、スタンレーは突きだした。
「返す」
「はい」
どこか強かな少女は、先ほどの感情の隆起が幻だったのではないか、と感じさせるほどに、優しげな表情で粗野な応対をも受け入れた。
「――さん? どちらに……」
走ってきた少年を見ると、少女は嫌そうな顔を一瞬だけ見せ、スタンレーの隣に座り込んだ。
「随分と遅い到着ですね」
「す、すみません……父さんに叱られていて――」
白いシャツに灰色のチョッキ、黒のスラックスとまるで雷の国の服装のような格好をした――つまり、火の国らしくない――少年は、息を荒げながらに弁明を始めていた。
「それがカーディナル次期領主の言い訳ですか?」
笑みはそのままに、少女はとても威圧的に言っていた。
「じゃあ、おれはこのへんで――」
面道事を前に、さっさと立ち去ろうとしたスタンレーの手首は、何者かに掴まれていた。
「お水あげたでしょ? もう少し座っていてください」と、小声で言う。
「なんでおれが――」
大きな声で言おうとした矢先、彼女は小さな声で「しーっ」と声を抑えるように要求した。
従う義理はなかったものの、その場の空気に押されるようにして、スタンレーは座り直すことになった。
「……その、隣の彼は?」
「私の彼氏」
「は? まさか、姫様がそのような……」
「そのような?」スタンレーは唸るように言う。
「い、いえ……君を悪く言ったつもりは……でも――」
「でも、なんだよ。文句があるなら、さっさと言えよ、男らしくねぇ」
まるでストラウブの話し方が移ったかのように、スタンレーは崩した口調で喧嘩気味に突っかかった。
しかし、肝心の少女はそれを止めるでもなく、口許を隠してころころと笑っていた。
「……ああ、ならはっきり言おう。君みたいな人じゃ姫様に相応しくない」
「姫様に相応しく――姫様だと?」
「そ、そうだ」
そこでようやく、二人の視線が少女に戻った。
「どういうことだ」
「言いませんでしたっけ? 私はフレイア王家の姫ですよ?」
『この時は、まずい奴に会ったと思った』
スタンレーは唖然とし、逃げるべきかどうかを考えた。
当たり前のことだ。彼の身分は一応盗賊であり、正規の身分証は持ち合わせていない。
王族であれば、それを見抜いた上で話しかけてきたとしても、おかしくはないのだ。なにせ、姫と自称し、物怖じする態度を見せない辺りは――。
「せっかくですし、どこか遊びに行きません? ……三人で」
「さ、三人で……ですか」
「断る。どうしておれが」
「なっ、姫様になんと無礼な――」
「お水、あげましたよね?」
身形のいい少年を遮る形で、姫は威圧を掛けた。
「もう貸しは返したろ。おれは用事がある」
「あのくらいで貸し借りなしに……ですか。私は構いませんが、なんと言いますか、器が小さいですね」
「なんだと!?」
「それで、あなたの用件は? ……当然、それくらいは言ってくださいますよね?」
冷ややかな顔を見て、彼は確信した。
「(こいつ、やはり見抜いて……)」
気付いた時、彼の腕は姫の腕と組まされていた。
「探しに行きましょ? その用事を。一人よりも、三人の方が早く見つかるでしょ?」
瞬間、彼の中から疑いは消えた。
その少女の見せる笑顔が、どこかストラウブのそれと似て、裏を持っていないように眩しかったのだ。