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大空のフィア  作者: マッチポンプ
後編 ダークメア戦争
1040/1603

祝福と呪いと思い出と

 ――二十二年前、砂漠にて……。


「ここだ、お前を拾ったのは」

「……そうなのか」


 まだ幼いスタンレーはストラウブに連れられ、砂漠のある場所に来ていた。

 まるでヘルドラゴ同士が戦闘したかのような――いや、星同士が術の打ち合いをしたような、異様な戦闘痕の残るその場所は、かつて赤子だったスタンレーの捨てられていた場所だった。


 強い風の吹く砂漠の中でも、この傷跡は消えていない。あまりにも大きな破壊を埋める為には、数年では足りなかったのだ。


「ここに金貨が五百枚ある」

「……」

「お前が望むのであれば、これを持って水の国に向かえ」

「どこで手に入れたんだ」

「もちろん、盗んだ」


 幼いながらに、スタンレーはこれが嘘だと分かっていた。

 ストラウブに育てられ、多少の恩を感じてはいたものの、彼は育ての親が取るに足らない人間だと分かっていた。

 夜中に目を覚ましてみれば、大抵は傷を負いながらも、空手で家に帰る様を幾度となく見ることになった。

 盗賊の集団を目にすれば、かなりわざとらしく言いつくろい、その場から逃れることもあった。


 まさしく、雑魚。盗賊の中でも下っ端。それが彼の育ての親だった。


 だが、それは一様に悪いことではなかった。彼は弱いながらに、義賊の如く、悪い金持ちから盗みを働いていたのだ。

 必然、悪人というものは外敵への抵抗力が強い。多くの場合――いや、ほぼ確実に手傷を負わされるだけで、収穫もなしで戻ることばかりだった。


 スタンレーは子供ながらに、もっと気の良い貴族、金持ちを襲うべきだと進言したこともあった。

 多くの盗賊がそうするように、徳の金持ちとされる者達は抵抗力がない。少量の盗みであれば確実に成功する上、大きく盗んでも命まで取られることは稀だ。

 リスクとリターンで見れば、圧倒的に優位な手だった。

 しかし、この男は頷き、肯定しながらも、一度としてそうした手は取ってこなかった。


「どこから盗んできたんだ?」

「……今から砂漠を出て行く奴が知ることじゃねえよ」

「それは……聞いてから決める」

「聞いてから? ハハハッ! でけぇ口を叩きやがる。こんな不毛な地に居たら、お前みてぇな利口なガキは枯れていくだけだ」


 ストラウブは豪快な態度でそう言うと、屈み込んでスタンレーの頭を強く突いた。


「ここじゃ、頭なんざ必要ねぇよ。ここで生きてくなら、体だ。お前は馬鹿の振りして生きていくつもりか?」

「……」


 スタンレーは顔には表さなかったものの、呆れていた。

 この砂漠こそ、最も頭を使わなければならない場所だった。

 常に危険が背中合わせで、ただ腕っ節が強いだけでは寝込みを襲われかねない場所――命の価値が安い場所。

 生き残るには、頭が必要だった。盗賊ならばなおさら、冒険者に狩られないよう、ギルドの庇護を受けつつ、睨まれない程度に仕事をこなしていく――そうした境界線を探る目も必要となってくる。


「(やっぱり、この人は物事が何も見ていない人だ)」


 スタンレーは屈み込んだままのストラウブから袋をひったくると、その重さに驚いた。


「……な? 本当だろ」

「あんた、いったいどこからこんなものを仕入れてきたんだ」

「盗んだっていったろ」

「だから、どこから」


 さすがに本気だと気付いたからか、ストラウブは立ち上がりながらに赤い鼻を掻き、視線を逸らした。


「前に、お前……言ってたな。盗むんなら、良い金持ちから盗めって」

「……ああ、言った」


 自分の為に金を用意した。スタンレーはもちろん、それを理解していた。

 理解したが、それでも失望は隠せなかった。このなんの取り柄のない三下盗賊にとって、ただ一つの取り柄は善人なことだった。

 いくら自分の力で生きていけない子供の為とはいえ、その善人さを捨てたとすれば、もはや彼はただの雑魚盗賊に過ぎなくなるのだ。


「こんな金――」


 地面に投げようとした時、ストラウブは遮るように言った。


「カーディナルって場所は知ってるか?」

「……商業都市、だったか」

「やっぱりお前は頭がいい。俺は調べて、ようやく思い出したくらいだ」


 わけが分からず、投げようにも投げられずに手持ち無沙汰になった袋を両手で持つと、続きを待った。


「あそこの領主、ウォウルの旦那は相当に頭が固い人だ。だからな、その子供の方に頼んでみた」

「たの……んだ?」

「そうだ。父ちゃんに金を貸してくれるように頼んでくれってな」


 目の付け所自体は良かった。

 商業都市カーディナルの領主ともなると、王族に次ぐ富の保有者である。その子供を狙い、金を強請(ゆす)るというのは、なくもない手だった。


 だが、そこで身代金目的ではなく、子供相手に頼み込むというのは、なかなかに奇天烈(きてれつ)である。


「結果は、この通りだ。真剣に頼んでみたら、きっちり五百枚、用意してくれたってわけか」


 明るい笑みを浮かべた盗賊を見ながら、スタンレーは自分の手の中にある袋を一瞥した。


「条件は?」

「あ?」

「あのカーディナル領主から借りたんだ。いくらくらいの利子を要求された?」

「……それがよ、死ぬまでに返してくれりゃ良いって話しだ。ってより、俺自身は会っちゃいねぇんだ、ウォウルの旦那には」

「まさか、子供が自身の裁量でその金を出したってことか?」

「正直者は得をするってことだろ」


 スタンレーはそこまで楽観視できなかった。

 子供を利用し、カーディナルが盗賊に多額の金を渡した。そう考えると、このやり取りは富豪と盗賊間における思惑の一手、ということになる。


 最悪の場合、何かしらの災禍の起点はこの三下盗賊になるのだ。


「水の国行きは一端取りやめる。おれはカーディナルに行く」

「おいおい、いくら人が良いって言ってもなぁ」

「脅した子供の名前は」

「……カーディナル領主の子供だぞ? 確か、アリトだったか」


 それだけ聞くと、スタンレーは一人で走り出した。


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