不死の仕事人
「ちっ……相手が悪いぜ」
雷の国の城下町を駆けていた男は裏路地に入った時点で足を止める。
人相は悪く、顔には傷が残されていた。言うまでもなく、一般人ではない。
「指名手配中の《紅点》さん、そろそろ逃げるのをやめてくれないかねぇ」
薄暗闇の中から現れたのは、長く、そして赤いツインテールが特徴的な女性だった。
幼さと大人っぽさが混じる茜色の目に男を写し、口元は薄笑いを浮かべていた。
「くそっ! ここでやられるか!」
赤い《魔導式》が展開されていくが、アカリは笑みを崩さず、対抗するように《魔導式》を展開していく。
「くらえ! 《火ノ十四番・火華》」
汎用性の高い下級術。不規則な火球を複数に飛ばすだけあり、回避は容易ではない。
それらの攻撃を凝視した後、アカリは全てを躱す。自身が掌握している属性だけに、軌道予測も完璧だ。
「次はこっちの番だねぇ、《火ノ三十二番・炎弾》」
炎の弾が出現し、男は逃げ出すが、表通りに手が伸び掛けた瞬間に着弾する。
指先が光に届くことはなく、男は影の中で倒れた。
「ま、死んでないだろうから別にいいけど……運ぶのは面倒だねぇ」
そう言いながらも、自分でやるしかないとは自覚していた。
彼女の業務に手伝いはいない上、同業者は全員が敵だ。善意で手を貸してくれる人間はいない。
万が一いたとしても、報酬の何割かを引っ張られる。アカリとしては、それを良しとはできなかった。
自分よりも大柄な男を抱え上げると、アカリは闇の方へと進んでいった。
アカリ、またの名を《不死の仕事人》として知られている存在。
本来、二つ名は冒険者のものなのだが、彼女は冒険者ではない。しかし、それでも冒険者ギルドとまったく関係がない、というわけではないのだ。
雷の国らしからぬ、雰囲気の悪い酒場に入ったアカリは店の真ん中に気絶中の男をたたきつける。
「はぁー重かった。マスターささっと査定してくれないかね」
「おいおい《不死の仕事人》、捕まえてきてくれるのはいいんだが、こんな場所におかないでくれ。客の邪魔だ」
「あんた男だろ? なら、か弱い乙女にこんなむさ苦しい男を運ばせるんじゃないよ」
マスターは引き下がり、男に《暴食の鎖》を巻きつけてから店の奥へと運んでいった。
店の奥にはそれなりに厳重な簡易牢が用意されている。冒険者ギルドの本部に送られるまで一時的に閉じ込める為の場所だが、これがある酒場は少ない。
一般的に見栄えがいいものではない──牢屋もだが、こうした指名手配犯の受け渡しも──だけに、酒場としての面が多くを占めている表ではなかなかに導入されない。
しばらくするとマスターが戻り、通貨をつめこんだ袋をアカリに手渡した。
「ほら、報酬だよ」
「……ま、こんなもんね」
礼儀を弁えずにその場で袋を開け、確認してからアカリは頷く。
「どうだい? 記念に一杯やっていったら」
「やめておくよ。呑むにしても表通りの小奇麗な場所でしたいところさね」
「うちの常連なんだし、たまには呑んでいってくれよ」
「ならもっと店を綺麗にしておくことだね。あと、顧客層ももう少しクリーンにしてほしいところだよ」
アカリの言葉を聞き、酔いに浸っていた人相の悪い男たちが一斉に睨みを利かせてきた。
こんなナリではあるが、彼らは暦とした冒険者。アカリと違い、店のよしみで利用している節はある。
だが、言ってしまえばここの使用者は全員がそういうことをしている人間なのだ。
別段、その業務を嫌っているわけではないアカリだが、一応は女子としての考えも持ち合わせている。
店を後にしたアカリはいつものように表の城下町へと繰り出した。




