15v
急降下対決が繰り広げられる中、ガムラオルスは当然のようにスタンレーを抜き去り、先行した。
「ガムラオルスさん……これじゃ、勝てないですよ」
彼女には見えていた。良くも悪くも、彼女は非常に客観的だった。
ガムラオルスは常に鋭さを得た翼を展開し、戦っていた。その様は圧倒的な威圧感や勢いを含ませている。
素人であれば――いや、戦い慣れした者でさえ、ガムラオルスの優勢と見るのが当然だろう。
だが、彼女には別の点が――明確な怒りが見えていた。
怒りに囚われたガムラオルスは、どこか精彩に欠いている。その上、飛翔についても自分の意志で飛んでいるというよりは、翼に振り回されているような形だ。
本領も発揮できない状況――というわけでもない。純粋な戦闘力だけは通常時よりも遙かに高いのは明白。ただ、制御のムラが見える時点で、そのパワーの大部分は空を裂くだけで終わることだろう。
ガムラオルスを冷静にしなければ、勝ちの目はない。スケープはこの状況でそれを思いついていた。
だが、打つ手が分かったところで、彼女には何もできなかった。大声を出したところで、それはかき消されてしまうだろう。
身振り手振りにしても、風の一族ならば目視できるかもしれないが、今の彼が見るとは思えなかった。
「(……どうすれば)」
迷っている間に、戦場では動きがあった。
スタンレーの放った《秘術》はガムラオルスの片翼を奪い去り、空へと留まる力を奪い去った。
「(これじゃあ、ガムラオルスさんは死に――)」
死という概念を思い出した途端、彼女の脳裏にはトリーチの姿が映り込んだ。
彼女が殺した――と言って差し支えのない相手。当時こそはなんとも思わずに殺した相手だが、ガムラオルスの環境の震えを見て、初めて後悔を覚えた相手。
「あの人は、ガムラオルスさんにとって特別な人だった……」
翼を解除し、失墜を逃れたガムラオルスだが、依然として落下は続いている。
「あの人は……あの人は――飛べた。ガムラオルスさんと同じ、飛べる人だった」
無数の思考が頭を飛び交う。乱雑に、突き刺すように、数え切れない情報が頭を破裂させるほどに廻った。
「たった一度だけ……でも、ワタシならできるかもしれない。ガムラオルスさんを助ける為だったら、ワタシは消えてもいい……っ! ワタシの代わりに、あの人を――」
瞬間、ただれた皮膚のように姿を変え始めた布を、スケープは強く掴んだ。
自身にも分からない感覚に襲われ、彼女は自分の手元を確認した。
彼女は震えていた。
己を鼓舞しようにも、恐怖が拭い去れなかったのだ。かつての彼女であれば、感じることのなかった感触――自己が消滅する恐怖が。
それはつまり、他者を取り込み融合する《屍魂布》の効力に対する、完全な叛逆に他ならない。
「やだ……! ワタシは、ワタシのままでいたい。それに、ワタシはトリーチさんにはなれない」
最初に本音が出る辺り、彼女はとても人間らしかった。
彼女は他者の不安よりも先に、自己の不安を吐露したのだ。それこそが、人の常であり――また、彼女にとっての非常であった。
まるで興味を失うように、布は白けていく。禍々しい表面は布地に戻り、そして白い絹のそれを思わせるものに変化した。
「でも……でも、ガムラオルスさんを助けられないのは嫌ッ!」
迷いの中で揺らめいていた心が結晶化したように、彼女を纏っていた布は純白の衣に姿を変えた。
それは先ほどまでの醜い姿とも違い、これまでのどこか薄汚れていたものとも違い、清潔で、そして翼を思わせる作りになっていた。
纏う羽衣の変形に呼応するように、彼女は目を閉じた。
「(ワタシは絶対に、ガムラオルスさんを助けたい……だから、力を貸して)」
思考の中で呼びかける。以前であればスタンレーが答えていたが、今は誰にも届かないように、虚無に跳ねるだけだった。
「(お願い、力を!)」
『……俺が、行く』
「えっ」
『あいつを助けなければならないというなら、俺が行く……俺が――トリーチが、行く』
その声は、確かにその名を唱えた。
「ガムラオルスさん! 諦めないでください!」
そう叫んだ瞬間、応えた声はどこかに消えていた。スタンレーに長年取り憑かれていた彼女は、そうした精神内からの出入りを察知できたのだ。
「……行ってくれたなら、きっと――」
「スタンレー、その力はやはりお前のものではないッ!」
ガムラオルスは叫んだ。