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発生した《魔導式》は起動の後、消滅することなく主の体へと吸い込まれていった。
途端、竜巻は消え去り、彼を空に留める力は別のものに変わった――トリーチがそうしたように、赤色の力場へと。
それを見た瞬間、ガムラオルスは理解した。それが飛行能力者と同様の力である、と。
「(だが、あの力は簡単に使えるようなものじゃない……それに、一度だけが、あの力は既に破っている)」
沸き起こる感情の本流を押さえつけながらも、彼は冷静に分析を行った。
だが、一つだけ抜け落ちている部分があった。かの飛行能力者はその昔、《武潜の宝具》を用いることで飛行を再現していた。
純粋な力場による空中戦は未見である。ただ、それについても容易に使えるものではない、という認識が在る為、完全な抜け目ではなかった。
その読みは間違いではない。ただ、スタンレーという男は、通常の計りでは読み切れない才気を有しているのだ。
まさに接触するという瞬間、司書は驚異的速度で降下を――地面に引っ張られた。
その一瞬の光景にもかかわらず、ガムラオルスはしっかりとその一部始終を確認したのだ。
その動きは明らかに降下とは異なり、背中に紐でも付けられ、引っ張られていったかのような挙動だった。
「(まだ使い慣れていないのか?)」
彼がそう感じるのも当然で、トリーチの力はここまで急激な動作を取ることもなく、同等の速度を叩き出すことができるのだ。
実際、この一着については完全な読み違えだった。彼がこの能力が発動されたのは、今回が初めてである。
急降下していくスタンレーだが、咄嗟に力の向きを――噴射点を切り替え、自身を空中に留めた。
「なるほど、なかなかに面倒な力だ」
「……っ」
負傷しているとは思えないほど、彼は圧倒的な余裕を湛えていた。
たった一回、それもこの短時間でトリーチがガムラオルスとの戦いで掴んだ飛行を体得したのだ。
とはいえ、色々と今回は事情が違う。スタンレーは本人の姿を見ることで、飛行が可能であるという確信もあり、どのように飛んでいるのかも知っていた。
これは実に大きな問題だった。能力の要諦を語るにおいて、当人の認識、意識というのは欠かせない部分である。
トリーチの例にしても、彼は方法も分からずに努力を続け、結果として飛行は不可能という結論に辿りついてしまった。
その上、《天駆の四装》という補助具を用いることで、飛行の可能性を完全に破棄してしまったのだ。
そんな彼が再び空を目指そうとしたのは、他ならぬガムラオルスの飛翔する様を――がむしゃらに吹っ飛ばされていた彼の姿を見たからだろう。
そうした積み重ねの末が、彼の飛行だった。
だが、《秘術》もそうであるように、スタンレーはそうした人間の生きる軌跡を画一化し、結果だけ抽出して利用しているのだ。
「まったく、便利な能力だ。調整さえ行えば、負荷もなく滞空状態を維持できる――その上、この力はそれだけではない」
彼は滑空状態――滞空状態とも言えるが、僅かに落下している――のまま、動きを止めたガムラオルスに向けた。
瞬間、射程も軌道も無視して、赤い力場が彼の首を締め上げた。
「かはっ……!」
「力場の発生。この能力はシンプルで、故に使いやすい」
皮肉なことに、彼はこの能力を――《駝鳥の白昼夢》を当人以上に理解していた。
そう、この念動力というものの強みとは、なにも飛行に限るものではないのだ。その真価は軌道のない攻撃が行えるということだ。
今の一撃は首に向けられたが、もし生死に関わる血管を結紮されたのならば、その瞬間に勝負が決することになる。
人体構造を医学的に理解しているスタンレーであれば、その場所を目視せずとも大味に当てることは容易にできるだろう。
だが、首を締め上げられながらも、ガムラオルスはその点には目を向けなかった。
彼が見たのは、純粋な――義憤だった。