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大空のフィア  作者: マッチポンプ
後編 ダークメア戦争
1030/1603

8f

 ――砂漠にて……。


「ガムラオルスさん」

「これで、役目は果たした。帰るぞ――火の国に」


 スケープは脱出に使った通路を一瞥し、強く掴まれた自身の手首を見つめた。


「ガムラオルスさん! ワタシは……」

「盗賊ギルドの親玉は殺した。これで、フレイア王も文句はないはずだ……金を返す必要もない。正真正銘の、凱旋だ」

「ワタシを話を聞いてください!」

「聞く必要はない!」


 彼はさらに力を込め、彼女の手首を掴んだ。風の一族の驚異的な握力により、彼女の細い腕は青紫に鬱血(うっけつ)していく。


「放して……放してください!」

「放さない」

「なら、ワタシを話をちゃんと聞いてください。ワタシがなにをしたのか! ワタシの本当の姿を――」


 彼の顔を見ようとした瞬間、強く握られていた手は解かれた――瞬間、彼の平手が彼女の頬を叩いた。

 不意の暴力に唖然としたスケープを、ガムラオルスは抱きしめた。手首を掴んでいたのと同じくらいに、強く抱きしめた。


 順序がばらばらになった絵のように、奇妙な光景だった。しかし、スケープは何も言えなかった。おかしいとさえ、思えなかった。


「……いいんだ、言わなくて」

「ガムラ……オルスさん」


 彼は泣いていた。声こそ震えていないが、彼の顔は涙に濡れ、まるで子供が泣きじゃくるかのようなひどい顔になっていた。

 それで、彼女は気付いた。ガムラオルスは結局、事実を認めたくないだけなのだと。

 弱さと、それを隠そうとする思いが混ざり合い、彼は自身でもワケの分からない行動を取っていたのだ。この涙の意味さえも、彼は理解していない。


「俺は役目を果たした……俺は、お前の居場所を作る……それでいいだろ」

「そう……ですね」


 まるで駄々をこねるような、自棄(やけ)気味な声に圧倒され、彼女は肯定した。


「スタンレーはもう奴らに殺されているはずだ。あいつが旗印にしたボスも、俺がこの手で殺した。もう、それでいいじゃないか。お前はもう、スタンレーとは何の関係もない女だ! そうだろ!?」


 彼女がトリーチを殺した、という事実を切り離そうとするかのように、彼はそう言った。

 むしろ、彼は彼女に選択を委ね、彼女を言い訳とすることで全てに決着を付けようとしていた。


 一度は捨てた火の国に戻るという屈辱も、理由があれば耐えることができる。ただ、それを失ってしまえば最後、彼は自分の失敗と直面することになるのだ。

 だからこそ、どんな形であれ、彼女は生きていなければならなかった。殺しに関与した人間であってはならなかった。

 もし、彼女がスタンレーの一部として殺しを行ったことを言えば、彼がそれを認めてしまえば、彼女を言い訳に使うことはできなくなってしまう。


「分かりました……帰りましょう。火の国に」

「……ああ」


 スケープは、深い罪悪感に(さいな)まれていた。

 殺した時――彼が殺されたと分かった時、彼女は何も感じなかった。死の意味など考えはしなかった。

 だが、ガムラオルスの悲しみを以てして、彼女はそれをようやく理解してしまった。自分が犯した罪の重さを、ようやく理解してしまったのだ。

 人は皆、自分事にならない限り、物事を理解しようとはしない。だが、逆に自分事になってしまえば最後、他人事だとしても、知らぬ振りはできなくなる。


 だが、彼女もまた、ガムラオルスを言い訳にした。

 罪悪感による重圧を彼が取り除かなかったからこそ、彼女は疼きを鎮める為に、滅茶苦茶な彼を受け入れた。

 恩人であるスタンレーを裏切ることで、彼女はガムラオルスと同様の痛みを負おうとしていた。

 唯一とも言える自身の願いを捨てることで、贖罪としようとしていたのだ。


 破滅的な思想に囚われた彼らが隠し出口に背を向けた時――凄まじい熱気がその背中を焼き焦がした。


「ガムラ、オルス」

「生きていたか……はは、生きていてくれたか! スタンレー!」


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