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――砂漠にて……。
「ガムラオルスさん」
「これで、役目は果たした。帰るぞ――火の国に」
スケープは脱出に使った通路を一瞥し、強く掴まれた自身の手首を見つめた。
「ガムラオルスさん! ワタシは……」
「盗賊ギルドの親玉は殺した。これで、フレイア王も文句はないはずだ……金を返す必要もない。正真正銘の、凱旋だ」
「ワタシを話を聞いてください!」
「聞く必要はない!」
彼はさらに力を込め、彼女の手首を掴んだ。風の一族の驚異的な握力により、彼女の細い腕は青紫に鬱血していく。
「放して……放してください!」
「放さない」
「なら、ワタシを話をちゃんと聞いてください。ワタシがなにをしたのか! ワタシの本当の姿を――」
彼の顔を見ようとした瞬間、強く握られていた手は解かれた――瞬間、彼の平手が彼女の頬を叩いた。
不意の暴力に唖然としたスケープを、ガムラオルスは抱きしめた。手首を掴んでいたのと同じくらいに、強く抱きしめた。
順序がばらばらになった絵のように、奇妙な光景だった。しかし、スケープは何も言えなかった。おかしいとさえ、思えなかった。
「……いいんだ、言わなくて」
「ガムラ……オルスさん」
彼は泣いていた。声こそ震えていないが、彼の顔は涙に濡れ、まるで子供が泣きじゃくるかのようなひどい顔になっていた。
それで、彼女は気付いた。ガムラオルスは結局、事実を認めたくないだけなのだと。
弱さと、それを隠そうとする思いが混ざり合い、彼は自身でもワケの分からない行動を取っていたのだ。この涙の意味さえも、彼は理解していない。
「俺は役目を果たした……俺は、お前の居場所を作る……それでいいだろ」
「そう……ですね」
まるで駄々をこねるような、自棄気味な声に圧倒され、彼女は肯定した。
「スタンレーはもう奴らに殺されているはずだ。あいつが旗印にしたボスも、俺がこの手で殺した。もう、それでいいじゃないか。お前はもう、スタンレーとは何の関係もない女だ! そうだろ!?」
彼女がトリーチを殺した、という事実を切り離そうとするかのように、彼はそう言った。
むしろ、彼は彼女に選択を委ね、彼女を言い訳とすることで全てに決着を付けようとしていた。
一度は捨てた火の国に戻るという屈辱も、理由があれば耐えることができる。ただ、それを失ってしまえば最後、彼は自分の失敗と直面することになるのだ。
だからこそ、どんな形であれ、彼女は生きていなければならなかった。殺しに関与した人間であってはならなかった。
もし、彼女がスタンレーの一部として殺しを行ったことを言えば、彼がそれを認めてしまえば、彼女を言い訳に使うことはできなくなってしまう。
「分かりました……帰りましょう。火の国に」
「……ああ」
スケープは、深い罪悪感に苛まれていた。
殺した時――彼が殺されたと分かった時、彼女は何も感じなかった。死の意味など考えはしなかった。
だが、ガムラオルスの悲しみを以てして、彼女はそれをようやく理解してしまった。自分が犯した罪の重さを、ようやく理解してしまったのだ。
人は皆、自分事にならない限り、物事を理解しようとはしない。だが、逆に自分事になってしまえば最後、他人事だとしても、知らぬ振りはできなくなる。
だが、彼女もまた、ガムラオルスを言い訳にした。
罪悪感による重圧を彼が取り除かなかったからこそ、彼女は疼きを鎮める為に、滅茶苦茶な彼を受け入れた。
恩人であるスタンレーを裏切ることで、彼女はガムラオルスと同様の痛みを負おうとしていた。
唯一とも言える自身の願いを捨てることで、贖罪としようとしていたのだ。
破滅的な思想に囚われた彼らが隠し出口に背を向けた時――凄まじい熱気がその背中を焼き焦がした。
「ガムラ、オルス」
「生きていたか……はは、生きていてくれたか! スタンレー!」




