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「(……おれは、ここまでか。だが、もう未来は変わっている。逃げ切れただろうか……生きてくれる、だろうか……)」
彼の身に、鉛の如く重たい感触が襲いかかった。
心は充足し、肉体は終わりに近づいていく。もはや、それに抗おうとすることもなかった。
血液が肺を満たし、溺死するような感覚が押し寄せていたが、それでもなお彼は肉体を弛緩させた。
「(溺れる……落ちていく……だが、もう――)」
瞬きをし、目を閉じようとした瞬間、彼の瞼の裏に見たことのない光景が映り込んだ。
地下のアジト内、静かなその場所でストラウブが殺される景色。そして、殺した人間は――ガムラオルスだった。
瞬間、終わりかけていた彼の肉体に血が巡り、揮発しようとしていた精神は液体のように粘り気を帯び、肉体に留まった。
「おれは……まだ、死ぬわけには、いかないッ……!」
「もう諦めろ」
「……ウェザー」
「ッ! フィア、打ち抜け!」
「で、でも……」
「《疾風》」
フィアが迷っている内に、彼は最後の発声を終えた。
今にも散らばりそうになっていたカードは再び翼の形に並び直され、風を掴んだ。
風の流れに乗ったスタンレーは善大王を抜き去り、アジトの方角に向かって飛んでいった。
落下中だった善大王は唇を噛むが、次第に降下速度が低下していき、安全に着地することに成功した。
「ライト、大丈夫?」
「……悪い、助かった」
彼はあの局面、自分が助かる手札を用意していなかった。しかし、それは捨て身覚悟というわけではなく、単純に抜け落ちていたのだ。
フィアはそれを察知し、スタンレーの撃墜より彼の安全を優先したのだ。善大王もまた、着地してから彼女の意図を悟った。
「しかし、遺恨を残す形だな」
「でも、あの人はもうそんなに長くないと思うの……それと、私達も」
この場で十全なのは、フィアだけだった。残る二人の男は、常人であれば一度か二度は死ぬような負傷を負い、今にも力尽きそうな状態である。
どっちにしろ、司書の追跡は不可能だった。
「奴の行く先は見えるか?」
「……たぶん、アジトに向かったと思うの。もしかしたら、あっちの二人がどうにかしてくれるかも」
「なら、いいけどな」
そこまで言い終えると、彼はウルスと同じように脱力し、地面に突っ伏した。
嵐を移動に利用するなど、正気の沙汰ではなく、またダメージも常識の範疇を超えていたのだ。未だ人の形をしていること自体、彼の卓越した導力操作のセンスによるところが大きい。