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「スケープ、屈め!」
「は、ハイッ!」
頭を抱えて屈み込んだ瞬間、ガムラオルスは右足でブレーキを掛けながら旋回し、跳ぶようにして彼女の頭上へと到達した。
接近してきた者に向かって、鋭い回し蹴りを放つ。
空気が破裂するような音を響かせ、強烈な一撃が刺客に直撃した。
そのまま彼はスケープの背後に着地し、「もう大丈夫だ」と合図を送った。
彼女もまた屈んだまま辺りの様子を確認すると、ようやく立ち上がった。
「今のは……?」
「多分、俺達を狩りに来た奴――スタンレーの手の者だろうな」
スタンレーの名を聞いても、スケープは顔色一つ変えなかった。
「(それにしても……今の感じ、まるで飛んできたみたいだ――)」
仕留めたであろう相手の姿を確認した瞬間、彼は言葉を失った。
「ガムラオルスさん?」
「あいつは……」
驚きに続くようにして、その屍人形はゆっくりと、それであって人間らしさを感じさせることない動きで起き上がった。
顔に張り付いていた仮面は今の一撃で破壊され、素顔が露出した。
「トリーチ……なのか」
精気なく、瞳の光が消えたそれを見て、ガムラオルスは思考を止めた。
「ガムラオルスさんの、知り合い……だったんですか?」
彼女の怯えるような態度を見て、彼は確信した。
あの人形が自身と同じく、飛行能力を獲得した能力者であると。そして、トリーチが――。
「(死んだ、のか……スタンレーに、殺されたのか)」
彼の中にあった良心、人並みな感性には、凄まじい勢いでヒビが入っていった。
間違いも正解も、道理も倫理も、何かもが彼の中で価値を失った。金色や研磨された宝石のように煌めいていたそれは、一瞬のうちに塵芥、礫と変わった。
人の感情が最も揺さぶられるのは、目先の怒りに触れられた時である。怒り、悲しんだ人間は得てして、精神疾病に掛かったかのように我を失う。
「あいつは……あいつは――」
屍人形の全身は赤い力場に覆われ、浮かび上がった。それを見た瞬間、彼の怒りは限界に達した。
襲いかかるトリーチを見て、「ガムラオルスさん! 防いでください!」という声をスケープが掛けた。だが、それは聞こえていなかった。
既に、ガムラオルスは発っていた。
翼の噴射によって、圧倒的推進力を獲得した彼は、腰に差した剣を抜き放ち、屍人形を突き刺した。
凄まじい破壊エネルギーは肉体に叩き込まれ、まさしく一撃で念動力の力場を、肉体の結束を断ち切った。
肉はバラバラに砕け散り、ほどなく肉体の構成部分は一つとして残らず、消滅していった。
翼の残光にはうっすらと血筋の如き黒が差し、《翔魂翼》の各所にはそれまでになかったエッジが追加されていた。




