13f
――地下アジト内にて……。
「ガムラオルスさん、本当にボスを殺すんですか?」
「……分からない。二転三転、優柔不断に揺らめき続けてきたからこそ、今こうしている時でさえ決めきれない。俺は未熟だ」
「まるで最初に会った頃みたいですね」
「……何も変わっていない、か」
二人が最初に出会ったのは、彼がまだ貴族に仕えていた頃だ。
あれから何年も経った。だが、ガムラオルスはそう言われながらも、否定はしなかった。
辿りつく場所さえ知らず、そして未だどこにも辿りついていないということは、彼自身が一番分かっていたのだ。
「いえ、前みたいにかっこつけてますねって」
「……」
スケープの記憶としては、初めての対面は彼がミネアの共として働いていた時だった。
だが、それはおおよそ間違いではないのかも知れない。彼女からしてみれば、そこでようやく自分の存在が彼の認識に取り込まれたのだから。
「感傷に浸ってたんですか?」
「馬鹿が……俺はただ、思ったことを言っただけだ」
「随分と詩人なんですね」
「……」
強く反発しようとしたが、彼は冷静さを――客観的視点を得た。
「そうかもしれない」
「嫌いじゃないですよ」
「俺は……俺は、好きじゃないな」
前々から――里に戻った頃からだろうか。彼は過去の自身を鑑み、痛々しいと感じるようになっていた。
だからこそ否定し、滑稽な姿を晒さないように、自分が見合う自分を目指していた。
里で指揮していた時代、その姿を見た誰もが、彼の虚栄だなどと感じなかった。まさしく、実力に裏付けられた行動と結果だったのだ。
結局のところ、今もそれは変わっていない。過去を受容するほどに、彼は成熟していなかった。
ただ、認めることだけはできていた。憎むべき、恥ずべき過去であろうとも、それが紛れもない自分の一片であると。
「正直、俺は自分で決めきれない」
「ワタシ、ですか?」
「ああ、卑怯だとは分かっているが……理由を俺にくれ。スケープが望んでくれれば、俺は迷わないで済む」
ガムラオルスにとって、ストラウブはどうなっても構わない存在だった。
だが、一度は決めた盗賊の道は彼に続いている。それを斬るということは、一度の選択を間違いだと認めることに他ならなかった。
この土壇場においても、彼は自身の選択が間違いだった、ということを認めたくなかった。損切りをできず、血を滴らせたとしても、過ちの中に身を置くよりは遙かに楽だった。
だが、もしスケープが願えば話しは別だ。彼は誰の間違いを咎めるでもなく、ただ正しく在ることができるのだ。
「ワタシは……分かりません」
「そうか。そうだな」
「ワタシはずっと、選ばないで生きてきたんですよ。こんなにたくさんの選択を出されて、もうお腹いっぱいです」
「そうか」
彼は淡泊な返答で留めた。
彼女とは正反対に、彼はひたすらに選び続けてきた。選び続け、結果を出してきた。
選び続け、結果の代償に多くを失ってきた。だからこそ、選ぶことに恐怖を覚えだしてきた。
里を捨て、師を捨て、仮初めの巣を捨て、選んだ道は間違いばかりだった。
ミネアやヴェルギンが彼の回帰を願っていると聞いてもなお、彼はどこかで臆病風に吹かれていたのだ。
「その時になったら決める……俺が決める。だから、スケープはそれに付いてきてくれ」
「そっちの方が、気が楽そうですね」
ガムラオルスは何も言わず、走りながらに彼女の顔をじっと見つめた。うっすらと怯えの色を見せながら。
「はい、付いていきますよ」
「ありがとう」
彼の中から、迷いは消えた。
それが間違いだろうとも、正解だろうとも、どちらであっても後悔はないだろうと確信したのだ。
破滅でも成功でも、誰かと共に歩めたのであれば、それは敗北ではない。彼はそう考えるようになっていた。
そんな時、まるでで幕が取り払われたかのように、彼の視界は開けた。盗賊ギルドのボスの背が、人間離れした視力を有する緑色の瞳に写る。
「スケープ、俺は戦う」
「はい」
「だが、殺さない。倒す……そして、王のもとへと連れて行く」
「……」
「盗賊ギルドを許すべきか、裁くべきか、それは王に委ねる。少なくとも、俺は王がどちらでも選べるように戦う」
責任転嫁のような方法だが、彼の目には明確な決意が宿っていた。
自身がすべきことがそこまでで十分である、と彼は自分自身を納得させたのだ。
何かを求められた時、飽くまでもその最低限を済ませて提出する。ほどほどに頑張る、ということを彼は体感的に学んだのだ。
そして、多くの場合はそれで十分なのことが多い。
「付いてこい、スケープ」
「そうするって、言ったばかりですよね」
二人は笑みを浮かべた。
途端、風が吹いた。静かな地下アジトの中に。




