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大空のフィア  作者: マッチポンプ
後編 ダークメア戦争
1021/1603

13f

 ――地下アジト内にて……。


「ガムラオルスさん、本当にボスを殺すんですか?」

「……分からない。二転三転、優柔不断に揺らめき続けてきたからこそ、今こうしている時でさえ決めきれない。俺は未熟だ」

「まるで最初に会った頃みたいですね」

「……何も変わっていない、か」


 二人が最初に出会ったのは、彼がまだ貴族に仕えていた頃だ。

 あれから何年も経った。だが、ガムラオルスはそう言われながらも、否定はしなかった。

 辿りつく場所さえ知らず、そして未だどこにも辿りついていないということは、彼自身が一番分かっていたのだ。


「いえ、前みたいにかっこつけてますねって」

「……」


 スケープの記憶としては、初めての対面は彼がミネアの共として働いていた時だった。

 だが、それはおおよそ間違いではないのかも知れない。彼女からしてみれば、そこでようやく自分の存在が彼の認識に取り込まれたのだから。


「感傷に浸ってたんですか?」

「馬鹿が……俺はただ、思ったことを言っただけだ」

「随分と詩人なんですね」

「……」


 強く反発しようとしたが、彼は冷静さを――客観的視点を得た。


「そうかもしれない」

「嫌いじゃないですよ」

「俺は……俺は、好きじゃないな」


 前々から――里に戻った頃からだろうか。彼は過去の自身を鑑み、痛々しいと感じるようになっていた。

 だからこそ否定し、滑稽な姿を晒さないように、自分が見合う自分を目指していた。

 里で指揮していた時代、その姿を見た誰もが、彼の虚栄だなどと感じなかった。まさしく、実力に裏付けられた行動と結果だったのだ。


 結局のところ、今もそれは変わっていない。過去を受容するほどに、彼は成熟していなかった。

 ただ、認めることだけはできていた。憎むべき、恥ずべき過去であろうとも、それが紛れもない自分の一片であると。


「正直、俺は自分で決めきれない」

「ワタシ、ですか?」

「ああ、卑怯だとは分かっているが……理由を俺にくれ。スケープが望んでくれれば、俺は迷わないで済む」


 ガムラオルスにとって、ストラウブはどうなっても構わない存在だった。

 だが、一度は決めた盗賊の道は彼に続いている。それを斬るということは、一度の選択を間違いだと認めることに他ならなかった。

 この土壇場においても、彼は自身の選択が間違いだった、ということを認めたくなかった。損切りをできず、血を滴らせたとしても、過ちの中に身を置くよりは遙かに楽だった。


 だが、もしスケープが願えば話しは別だ。彼は誰の間違いを咎めるでもなく、ただ正しく在ることができるのだ。


「ワタシは……分かりません」

「そうか。そうだな」

「ワタシはずっと、選ばないで生きてきたんですよ。こんなにたくさんの選択を出されて、もうお腹いっぱいです」

「そうか」


 彼は淡泊な返答で留めた。

 彼女とは正反対に、彼はひたすらに選び続けてきた。選び続け、結果を出してきた。

 選び続け、結果の代償に多くを失ってきた。だからこそ、選ぶことに恐怖を覚えだしてきた。


 里を捨て、師を捨て、仮初めの巣を捨て、選んだ道は間違いばかりだった。

 ミネアやヴェルギンが彼の回帰を願っていると聞いてもなお、彼はどこかで臆病風に吹かれていたのだ。


「その時になったら決める……俺が決める。だから、スケープはそれに付いてきてくれ」

「そっちの方が、気が楽そうですね」


 ガムラオルスは何も言わず、走りながらに彼女の顔をじっと見つめた。うっすらと怯えの色を見せながら。


「はい、付いていきますよ」

「ありがとう」


 彼の中から、迷いは消えた。

 それが間違いだろうとも、正解だろうとも、どちらであっても後悔はないだろうと確信したのだ。

 破滅でも成功でも、誰かと共に歩めたのであれば、それは敗北ではない。彼はそう考えるようになっていた。


 そんな時、まるでで幕が取り払われたかのように、彼の視界は開けた。盗賊ギルドのボスの背が、人間離れした視力を有する緑色の瞳に写る。


「スケープ、俺は戦う」

「はい」

「だが、殺さない。倒す……そして、王のもとへと連れて行く」

「……」

「盗賊ギルドを許すべきか、裁くべきか、それは王に委ねる。少なくとも、俺は王がどちらでも選べるように戦う」


 責任転嫁のような方法だが、彼の目には明確な決意が宿っていた。

 自身がすべきことがそこまでで十分である、と彼は自分自身を納得させたのだ。

 何かを求められた時、飽くまでもその最低限を済ませて提出する。ほどほどに頑張る、ということを彼は体感的に学んだのだ。

 そして、多くの場合はそれで十分なのことが多い。


「付いてこい、スケープ」

「そうするって、言ったばかりですよね」


 二人は笑みを浮かべた。


 途端、風が吹いた。静かな地下アジトの中に。


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