12Δ
「(これで時間稼ぎはできる――あとは、あの二人を止めること優先すべきか)」
スタンレーの脳裏には、三人が逃がした二人――ガムラオルスとスケープの影が過ぎっていた。
この最終局面において、彼ら――特にスケープ――が裏切るという展開は相当に予想外だったらしく、顔には出さないものの焦りを抱いているようだ。
「(だが、火の手は町で留まっている……ボスも地下に逃げた。この状況で、燃えさかる家の中でオキビに殺される未来は防がれた)」
彼は未来のことを知っていた。それも、かなり先の未来などではなく、この最終局面の光景だった。
とはいえ、それを見たのは最近のことではない。彼は今まで、ずっとそれを防ぐべく、動き続けてきたのだ。
ダストラムでストラウブに扮し、ウルスと直接対決を行ったのも、これが原因だった。
自分自身で未来の場面を引き寄せることで、その改変を試みた。しかし、その結果はご覧通りである。
「(今はこちらの処理が優先だ。オキビさえ仕留めれば、未来は完全に確定される……が)」
彼は迷いを捨てきれなかった。
ウルスの死が確実のものとなれば、死の未来に繋がらなくなる。その時点で安全が確保されると分かっていても、彼はそれを確信することができなかった。
腰のホルダーから一枚のカードを引き抜くと、祈りを込めるように額へと当てた後、投げつけた。
「刹那の痛みを越えろ《幻影召還》」
放られたカードは《魔導式》に変換され、司書の詠唱によって起動の光を放った。
地上に在る三人の前に、対抗せんばかりに三人の男が召還された。
一人は《天導師》バリオン、もう一人は《闇の太陽》ムーア。そして、残る一人は――。
「こいつは誰だ?」善大王は呟く。
「ベイジュじゃない……だと?」
この場の三人は、その人物と面識がなかった。
だが、仮面の男は何を言うでも、何をするでもなく、自身の能力によって飛び上がった。
「飛行能力……?」
「聞いたことがある。《盟友》には、飛行を行うことのできる能力者がいると」
「おいおい、飛行能力は未踏の地って話じゃなかったか? 上手いこと、この時代に三人も出たってことか?」
飛行能力、というとそこまで大したことのない能力のように聞こえるだろう。
しかし、今に至るまで、それを技術体系として確立させた者はいない。使用者は歴史上の偉人、もしくは英雄とされる者が一世代だけ使っていたという次元だ。
十年に一人、百年に一人を地で行くような能力がこの一世代中に三人も現れた、というのは相当に稀少な例だった。
「どうする、俺達には興味がないみたいだぜ? ……ここは通しかな」
「アジトに向かうとすりゃ、厄介だな」
「まさか」
「まぁ、向こうにゃ《選ばれし三柱》が二人もいる。通しってのも、なかねぇな」
フィアがガッツポーズをし、戦えると言わんばかりの表情をしたが、善大王は「確かにな、奴を留めれば二対三……いや、二対四か」とフィアを概算から外した。
気楽なことで、彼女はぷくーっと頬を膨らませるが、彼はそれを咎めるでもなくウルスと向かい合った。
「若いのに任せるとしますか」
「だな……俺達は生きるか死ぬかだ」
実際、その通りだった。
ガムラオルス達の戦いは殺すか殺せないかであり、生きるか死ぬかの側よりも軽い。
命掛けの戦いを請け負ったのは彼らだが、楽な方に進んだ者達が余剰の負担を背負うのは至極当然のことだろう。
そしてなにより、ウルスとしてはストラウブの死はさほど重要ではなかった。盗賊ギルドの真理は、遙か高みに佇む男が握っているのだから。