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規模から言えば、明らかに最上級術に迫るものだが、切断者がそれらしい前兆を見せていないだけに善大王は困惑した。
しかし、彼の観察能力は衰えていなかった。豪雨、氷河の如く冷気、これらを受けてもなお町の炎は相当に残っていたのだ。
それらが全て、火柱に吸い込まれていくように集まっていき、超大な柱を構築していた。
「これは……」
「炎の制御だね。《火の太陽》が使える……能力というか、才能みたいなものかな?」
「簡単に言ってくれるじゃねえか。この力を労せず得たわけじゃねえぞ」
神器を持たないながらに、《選ばれし三柱》として生き残ったのは、この力によるところが大きいだろう。
その性能が《火の星》の用いる火属性の制御に極めて近いことからも、破格のものであることは分かるだろう。
対火属性使いにおいては無敵であり、そうでなくとも炎の制御によって、前兆もなく攻撃や防御が可能となるのだ。
「つまり、あれか。あの火球の制御を奪い取ると?」
「さすがは善大王、察しが良いな」
そうは言っても、小太陽の大きさと比較すると、巨大な火柱でさえ見劣りする。火を奪い去るにしても、その不足は否めないだろう。
少なくとも、善大王はそう考えていた。彼にとって、《選ばれし三柱》の能力は計算の外にあるのだ。
無数に突き出た炎の塔が刺さっていくが、降下の速度は変わらない。
「フィア、行けるか」
「……ううん、私達が出なくても大丈夫」
彼女は《天の星》として、この勝負の行方を確信していた。
まるで予言のように、彼女が言葉を発した直後、最後の柱が直撃し――火球の動きが止まった。
「オキビ、お前にこんな器用な真似ができたとはな」
「あの未来予知が使えないことが裏目になったな」
「……そうでもない。見えないからこそ、真に必要なものが――真実が分かる」
「抜かせ」
火球は空へと逃れていくスタンレーへとゆっくり迫っていく。ゆっくりではあるが、それは想像を絶する大きさに比例した速度であり、彼の上昇する速度と等速――もしくは、若干速いか。
「フッ、おれの切り札を知らないようだな」
「切り札……? くっ、そう来たか」
司書は本の如くに分厚いホルダーからカードを抜き出し、火球に向かって放った。
「全てを狂わせ、全てを壊せ《魂源封殺》」
元《闇の太陽》ことムーアが使っていた《秘術》。ソウルの機能を阻害するという、対術者線においては最強とも言える術だ。
《選ばれし三柱》が開発した術なだけはあり、小太陽と化した《秘術》を打ち消すことは造作もないだろう。
決め技と思っていた術が無効化されると判断したのか、ウルスは火球の制御を放棄し、《魔導式》の展開に移行した。
彼の炎とて、あれほどの高さにまで逃れたスタンレーを打ち抜くほどの射程は持たない。攻撃を行うならば、術に頼るしかないのだ。
火球は制御の主を失い、紅炎を無差別に撒き散らしながら、消滅していった。
「今度は熱いよ!」
「今はそれどころじゃ――待て、確かに熱いな」
熱の余波は砂漠を、町を、そして空を焼き尽くす――そう、熱の暴力は未だに猛威を振るっていたのだ。
「……まさか、奴の狙いは」
ウルスは自身の判断ミスを呪った。
あの《秘術》は間違いなく、自身の命を奪いうる攻撃を防ぐべく発動されたと、彼は考えていたのだ。
しかし、違った。もしもその通りであれば、制御を失った術を対象にし、熱量さえ残さず消し去っていたことだろう。
結果だけを見れば、それは起きていない。この消滅現象は事象制御を行う者を失った事による、自然自壊だ。
つまり、もとよりこの攻撃は眼中ではなかった……ということになる。
「ライト……たぶん、私に当たったみたい」
「あの火球じゃないってことは、そうだろうな」
この場において、スタンレーが最も厄介と判断したのは彼女だった。
善大王は小技を多様する為、高所の敵を相手取るには適切ではない。これはウルスも同じであり、二人とも長距離射程の術には特化していない。
フィアだけは例外であり、下級術の天ノ十九番・空線は先ほど見たとおり、かなりの射程だ。その上、彼女の十八番というのだから、優先度は相当に高い。
なにより、彼自身が絶対直感を切っている以上、読みの能力も機能しない。この一手でフィアは完全に死に駒となった。
「悪い、善大王――天の巫女」
「なに、あの状況じゃそう判断して当然だ。それに……俺達の術は封じられていないみたいだしな」
この場面でフィアの火力が失われるというのは、途轍もなく重いダメージだった。
一応、善大王の《皇の力》は彼の飛行能力を一時的に無効化できる。ただ、それは発動中の能力が消えるだけであり、文字通りその場しのぎにしかならない。
いつ副作用が襲うかも分からない力を乱打することなど、当然できない。
ともなれば、二人が射程の長い術――上級術を発動させる他に道はない。
皮肉なことに、スタンレーは詰みの状態をひっくり返し、相手の行動を大幅に制限――王手に追い込んだのだ。