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「(フィアが目測を誤ったとは思えない……この雨が原因か?)」
服が水を吸ったのは彼らに限ったことではない、とすれば落下速度の上昇も頷ける。
だが、光線の命中までの時間を考えるに、多少重量を増した程度では五発全てを避けきることはできない。
「フィア、どう見る」
「寒くてしぬ……らいとぉ、暖めてぇ」
「……」
急にフィアが能天気になり出した、と彼は気付いた。
「本当は出し惜しみすべきだったが、このままでは天の巫女が凍えるか……仕方ない」
切断者はやむなし、といった様子で炎を発生させた。ただそれだけで、彼らの周囲の温度は上昇し、冷気は遠退いた。
とはいえ、濡れた服や凍り付いた体がすぐさま復元されたわけではない。
「なるほど、これは確かに厄介だな」
「《天導師》はこの冷気を最も得意としていた。超低温による封殺……殺さずにしても、殺しにしても、人間を相手にする限りは最強の手だ――雨から続く冷気は、殺す方の戦略だが」
事実、あの状況ではほどなく凍え死ぬことだっただろう。善大王としても、彼を仕留められるという前提があったからこそ耐えただけであり、これが長期戦になると踏めば対策を打っていた。
彼がそう認識する程度に、この技は悪あがきにしかみえなかった。
だが、冷気は依然として辺りを支配していた。光線はもう命中していてもおかしくない頃合いだ。
「どういうことだ? 奴はもう死んでいてもおかしくないはずだ……くそ、この吹雪じゃ何も見えない」
降り注ぐ雹は全て溶かされていくが、距離が離れる度にその密度は増し、スタンレーの居る地点に至っては真っ白で何も見えないほどだ。
「……来る」
瞬間、周囲を目映いばかりの光が満たした。
「ウェザー《太陽》」
超低温から一転し、超高温の光が雹を溶かし、熱をもたらした。
だが、それよりも重要なことは、スタンレーがまだ生きているということだった。
視野が開けた瞬間、回避の手の内が明らかになる。
スタンレーの体からは水が滴り、体の一部は完全に氷結していた。翼となっているカードに至っては、分厚い氷の膜を未だ残している。
「まさか、自分の体を……翼ごと凍らせて落下速度を早めたのか!?」
あの土壇場で瞬時に切り替えを行った、というだけでも凄まじいが、最も驚くべきは自身を凍結させるという選択を取ったことだった。
能力変更をする為には、発声能力が必要となる。完全に凍り付いてしまえば最後、鼠の冬眠の如くに永遠の眠りについてしまうのだ。
「(いや、奴は近未来予知が使える……それによって成功すると確信していたのか?)」
「ライト……たぶん、あの人――使ってないよ」
「使っていない……?」
「うん。さっきから、あの人の過去が長くないの」
過去が長くない、というのは奇妙な言い方だが、善大王は理解していた。
スタンレーの《絶対直感》は未来を体験し、ほんの少し前の過去に戻る力だ。
使えば使うだけ、一瞬しかないはずの過去が膨張していく。それがないということは、正真正銘の一本勝負に切り替えたということに他ならない。