7
「我が命に従え《規則整列》」
瞬間、ばらまかれていたカードは意志を得たかのように集まっていく。
それはまるで、一枚一枚が一つの細胞のように役割を分担するかの如く――翼の形状に整列した。
ただのハッタリかと思いきや、それはガムラオルスの推進飛行とは異なり、鳥を彷彿とさせる働きで主を空に留めていた。
「飛行の《秘術》……か」ウルスは呟いた。
「だろうな」
「ううん、あれは飛べていないと思う」
口を挟んできたのは、フィアだった。
「飛べていない……? ああ、なるほど。奴は滑空しているのか」
ヒント一つで善大王は《秘術》の仕組みを言い当てた。
当たり前だが、人間ほどの重量を飛翔させようものなら、途轍もない推力が必要になる。鳥の翼は軽量な体だからこそ飛ばせられるだけであり、それが人間級になればどれだけ大きな翼、大きな運動エネルギーが必要になるだろうか。
ただ、滑空ともなれば話は別だ。翼自体が抵抗となり、落下のスピードを減退させるという目的ならば、人間の重量であっても可能だろう。
それを裏付けるように、彼の周囲には風が発生しており、浮力を供給している。
「だとすれば、厄介だな。怒濤の嵐の制御能力は並じゃねえぞ――その上、あれは発動したら最後、解除するまではほぼ自由に、発声だけで切り替えができる。あの翼で本体が旋回能力を獲得すれば、飛行しているのと変わらない」
「凄まじい術を作った奴もいるものだ」
「……ああ」
天導師バリオンと謳われた男の本領は、この《秘術》を発動することによって発揮される。
超高速の《魔導式》構築、その技巧でさえ並み居る術者を上回るが、それでは天の名を冠することはできない。
戦時中では異名を耳にすることも多いのだが、バリオンのそれはビフレスト王――天の国が公式に与えた二つ名であり、重みが違う。
ベイジュに対し、《竜牙刃の鼠》という名を火の国が付けた事と同じく、国家が命名するそれは勝手に、それも容易に決められる類のものではないのだ。
それは、ウルスが一番理解していた。
特異的な才覚を持たないながらに、《選ばれし三柱》に匹敵しうる力を持つというのは、そうそうあることではない。
ただ、彼の中でもバリオンとベイジュという存在は、普通の人間の範疇を遙かに上回る存在であった。
「さて、対空迎撃という形で応じるか」
「できれば、だ。俺の前情報からすれば、あの術をあんな風に使うなんてのは想定外だ」
「……奴が仕様外の行動をしてくると」
「分からねぇよ。だが、深追いはしすぎるな」
「言われるまでもねーよ。それに、こっちにはフィアがいる。そう簡単にやられはしない」
善大王は《魔導式》を展開しながら、頭の中で作戦を構築していく。
「(奴の術に《皇の力》が通用するなら……これで足りる。だが、ここでは安定を取っていくべきか)」
彼はフィアの《魔導式》の様子を見ながら、目で合図を送った。
ただそれだけで、彼女は彼の意図を察し、頷いた。
しかし、相手もただ待っているだけではない。上空を取ったことで優位になったスタンレーは、余裕をもって《魔導式》の展開を開始した。
両者が対峙しながらも、全く無防備な状態で充填に入る、というのもなかなかに奇妙な光景だった。
とはいえ、考えてみれば当然のことだ。片や上空を制し、片や未来予知を用いた探知役が居るのだ。見た目とは裏腹に、両陣営ともに堅牢である。
ただ、先手を取ったのは善大王だった。
「そっちはもうちょい掛かりそうだが、俺の方はささっと行かせてもらうぜ」
彼の《魔導式》もまた、想定する数には届いておらず、未だ刻み込まれている最中だ。
その状態からの発言は挑発にしか思えないが、スタンレーは油断していない。
「《救世》」
《皇の力》が発動し、鋭い一本の光糸が無数に枝分かれながら、直上のスタンレーに向かって伸びていく。
「愚かな」
瞬間、司書を浮かび上がらせていた風は形を変え、横風となって主を攻撃範囲から逃そうとした。