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「……事前に邂逅したことが仇となったか」
「ハッハッハ、こっちにはフィアがいる。諦めたらどうだ?」
自分事のように、善大王は誇って見せた。
しかし、そんなコミカルな彼とは対照的に、スタンレーは焦りを滲ませたような顔で睨み付けたままである。
「どうにも、そうできない理由があるみたいだな」
「貴様に語るまでもない。ここで貴様等を殺せば、その時点でおれの宿願は成る」
「宿願ねぇ……ま、それがなんであれ関係ないな」
ウルスは二人の問答を介さぬといった具合で、黙ったまま接近を図った。
もちろん、スタンレーもこの迎撃に当たるのだが、動きのキレがさきほどまでよくはない。
「フィア、行くぞ」
「う、うん」
微妙な反応のフィアに違和感を覚えつつも、二人は《魔導式》の展開に注力し、遠距離から支援しようとする。
驚異的な速度で迫る切断者に対し、司書は導力刃で受けて立った。《秘術》を即座に使える彼であっても、それを選んだのだ。
無論、この一着が目に付いた一同は警戒、そして分析を行った。
「(奴の術も限りがあるのか?)」
「(うん、そうみたい。残りの数は――)」
「(負担が掛かるならやめておけ。使うタイミングから後出しで対応すればいい)」
彼は現状において、先ほど起きた多々のアクシデントがもたらす影響を考えていた。
《皇の力》はもちろんのこと、《天の星》の力も可能であれば使うべきではない、という考え方になっていたのだ。
そしてなにより、彼はおおよその範疇を読んでいた。
「(小刻みに打ち込めないが、出し惜しみをしない範囲。使うときは明確に当てられると読んだ時だろうな)」
枚数という考えではなく、使うタイミングという意味でこれを捉えていた。
極論、何枚持っていたとしても、使おうとした瞬間を押さえれば幾分かは楽になる。
そして、フィアがもたらした限度という情報によって、相手の手札を消費させていくという戦術も浮上してきたのだ。
ウルスは炎を纏った拳を突き出すが、スタンレーも導力刃によってこれを防ぐ。
「(水属性……こっちの属性を相殺してきたか)」
高密度エネルギーである炎は、通常の導力とは次元が違う。
ただ、それでも属性の影響は往々にして適用されてしまう。何割かの貫通は発生するが、本領は発揮できないのだ。
その上、司書は驚異的な切り返しで炎が燃え移る前に射程外に逃れている。ライカの如く、刹那の切り返しによって発火現象を防いだのだ。
「(危うかったが……防ぎきった)」
彼の手にはうっすらと火傷の痕が見えた。いくら発火を押さえられたとはいえ、熱量によるダメージはその限りではない。
水属性の導力を纏い、治療を開始するが、これはどちらかというと鎮痛の面が大きい。修復を行いながら戦うには、相手が悪すぎるのだ。
「ライト、やっぱりおかしい」
「なんだ?」
「……なんっていうのかな、あの人なんか変なの」
「そりゃ、まぁ普通じゃないな――おっと、ちょっと待っててくれ」
奇妙な接近戦の後、スタンレーはそれまで通りにカードを抜き出し、《秘術》の発動体勢に入った。
「あれは――なんだ? フィア!」
「……」
フィアは何も答えなかった。
善大王は一度見れば、ある程度は《魔導式》の内容を記憶できる。これが《秘術》であろうとも、精度五割を上回る読みを発動できるほどだ。
ただ、今回は例外だった。そもそも、彼はこの《秘術》を見たことがなかったのだ。
「おい、これはまさか」
「ククッ……雨にも風にも負けない《怒濤の嵐》」
その術は、間違いなくバリオンのものだった。
そもそも、彼はバリオンを自らの手で殺し、屍人形の一つとしたのだ。その過程で《秘術》を奪っていたとしても、おかしくはなかった。
だが、ウルスはそう簡単には考えられなかった。人生で二人目の師とも言えるバリオンの術だけはあり、その衝撃はベイジュとの戦いの比ではなかった。
「知っているのか!?」
「……ッ、この術は全属性――全天候の術だ。突風も落雷も豪雨も雹も、天候に起因する現象が飛んでくる」
「おいおい、一番厄介な術じゃねえか」
軽口を叩きながらも、善大王の額からは多量の汗がにじみだしていた。
しかし、それも当たり前のことである。それまでのスタンレーの術は謂わば、強力な術というだけの話だった。それに見合った読み、対処を行えば手は打てていた。
だが、何が飛んでくるのかも分からない術ともなると、そうはいかない。
「後手になったが――《救世》」
彼の右手が白色の光を放ち、光糸が地を這い、宙を走り、スタンレーへと迫っていく。
「ウェザー《疾風》」
だが、目標地点には誰もいなかった。彼は風を操り、自身の体を宙に逃したのだ。
しかし、善大王がそれで諦めることはない。彼の力は追尾性を持ち、限りなく拡散していく正の力なのだ。
「(風の制御ができるからといって、奴は飛ぶことはできない――落下の瞬間は見定められる)」
ガムラオルスとの大きな違いは、随意飛行を行えているか否か。自然現象を利用した飛行であれば、その予兆を測ることができる。
「貴様の考えは見えるぞ、善大王」
司書の声を聞き、彼の姿を見た瞬間、彼は言葉を失った。
カードホルダーからは無数のカードが飛び出し、風に運ばれるままに空へと昇っていくのだ。
そして、その中の一枚が発光した。