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開戦と同時に、スタンレーは腰のホルダーからカードを抜き出し、投げつけた。
「何の術だ」
「攻撃の準備を続けろ! この一撃は俺が防ぐ」
フィアは心配そうな顔をしたが「うん、お願い」と答え、《魔導式》の展開に注力した。
「《救世》」
「陽よ、氷を輝かせろ《天舞の細氷》」
善大王の発動が先行し、光糸は驚異的な速度でカードに迫っていく。
《魔導式》への変換、発動の発光、そして事象発生という過程の、まさに最終段階で《皇の力》が接触した。
吹雪が周囲を蹂躙することもなく、この攻撃は防がれる。先ほどまでは使うことも避けていた善大王だが、どうにも何も起こらなかったようだ。
「(さっきのはなんだったんだ? 何十発周期で来るのか……いや、とりあえず出し惜しみはナシだ)」
この戦いの最中に倒れるようなことになれば、死は免れない。だが、先ほどのように使用を控えたところで、ここを生き残ることはできないだろう。
ただ、肝心のスタンレーは《秘術》を未然に防がれたにもかかわず、依然として余裕を保っていた。それどころか、二枚目のカードを投げた。
「やらせるか!」
控えていたウルスが炎の斬撃を放とうとするが、今度の変換は速やかに完了する。
「乱れし数字よ、我に従属せよ! 《絶対直感」
飛んできた刃をスライディングで回避すると、流れるような動作で立ち上がり、近接戦に移行してきた。
「(成功する場面を掴んできやがったか)」
この《秘術》の恐るべきところは、理想的な展開を予行練習できるところにある。
一撃でも当たれば致命傷という攻撃を前に、このようなど派手な回避、追撃への移行を行うなど命を一つしか持たない人間にはできないことだ。
スタンレーの狙いはただ一人、以前の戦いで正体不明の方法を用い、自身を詰みへと追いやったフィアだった。
事実、この場においては彼女だけがスタンレーに相対できる人間だった。
「フィア!」
「ライトは攻撃に回って」
「ん……分かった」
一度は迷いもしたが、彼女の瞳に虹色の光が宿っているとみるや否や、彼はスタンレーへの近接戦闘に移行した。
「ここで終わりだ」
導力刃を纏った腕がフィアの喉元に伸びるが、彼女はそれを寸でのところで回避し、至近距離で術を発動した。
「なにッ?!」
術の軌道に入らない位置から、善大王が迫る。こうなると、背後に逃げるという手段も取れず、早期に決着となる――はずだった。
だが、なんということだろう。スタンレーはあえて善大王の方に向かい、彼の攻撃を直撃した。
衝撃で吹っ飛ばされると、彼のいたはずの場所を光線が過ぎり、攻防が終了する。
「(あいつ、今の一瞬に対抗策を試したわけか)」
客観時間の中にある彼らからすると、司書の判断は驚異的な上、圧倒的な精度の読みとしか思えない。
だが、彼があの一瞬のうちに過ごした時間は短くない。幾度か死亡回数を積み重ねながらも、どうにか死なずに逃げ切れる方法に辿りついた。
「(天の星がおれの攻撃を読んだ……だが、そんな展開は存在しなかったはずだ)」
スタンレーはスタンレーで、この状況を非常に不可解だと思っていた。
彼の能力とはすなわち、絶対的な未来を試す力だった。故に、フィアが予知や心理透視を用いれば、その結果は可能性の世界にも影響を及ぼす。
この現行世界にだけ特例的に異常が発生するとすれば、それはスタンレーがあり得ない行動を取り、他者の動きを変えた時だけ。少なくとも、今の場面は予行した一回と全く同様の動きでしかなかった。
「(フィアもずいぶん器用な真似をするなぁ)」
「(前はよく分からなかったからできなかったけど、今ならできるかなって――あの人の見た未来を見ればね)」
そう、これこそが《天の星》の強さだった。
実際の時間としては刹那のやり取りだったが、スタンレー本人は何回かをやり直す時間を過ごしていた。
この世界の記憶には残ってはいないが、彼の意識下には過去という形で記録されていたのだ。
フィアはこの世界に存在しないはずの時間を見て、その上で対抗策を練った。
彼が観測したことで、その時間はフィアの庭に落ちてしまったのだ。