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発動した覚えのない自身の《秘術》が発動され、スタンレーは僅かながらに動揺の色を見せた。
奇襲の気弾は防壁に阻まれ、ウルス殺害には失敗する。ただ、反撃が成されることはなく、《秘術》は解除された。
「スタンレー……さん? どうして……? ガムラオルスさん、見えていないですよね?」
「……いや、俺にも見えている」
「うむ、やはりか」
フィアは黙っているが、四人がこの場に集まってきた。クオークはウルスから子供を任されたこともあるが、そもそも気付いてすらいないようだ。
「スケープがスタンレーだとすると、色々と妙なところがあるとは思っていたんだよ。だから……本人は別に居るような気はしていた」
「えっ? ライト、それってどういうこと?」
「スケープ、お前は思い込みが激しいと思っていたが、ここまでとはな」スタンレーは言う。
「あいつの言うとおりだろうな。たぶん、両者に接触はあった……が、二人が同一人物ではなかった、ということだろう。それらしいことを言われて勘違いした、というところか」
ガムラオルスは完全に読み違えていることに気付き、ばつがわるくなった。
「スタンレーさんは、実際にいたんですか?」
「幾度もお前と会ったつもりだが――記憶を上書きする癖は治っていないらしいな」
そう、スケープは幾度も彼と会っている。いつか、盗賊と冒険者が密約を交わした後も、彼女はスタンレーと共に馬車に乗って帰った。
もっと言えば、彼女はスタンレーに拾われ、今に至るまで生き続けてきたのだ。彼女はそれをまるごと自分の妄想だと自己完結し、なかったことにしていたのだ。
「……ボス、ここから逃げてくれ」
「スタンレー」
「地下にはまだ火は伸びていない。通路を通れば、逃げ切れる」
「スタンレー!」
「早く! ここはおれが凌ぐ」
彼に声が届くことはない、そう判断したのか、ストラウブはウルスから視線を外して走り出した。
盗賊達はそれに続き、自らのアジトへと戻っていく。地上こそ火の海だが、確かに地下のアジトは深くに作られていることもあり、逃走通路としては有用だった。
走り去る盗賊達を一瞥し、善大王はため息をついた。
「逃げちまった、か。しかたない……ガムラオルス、それとスケープ。お前達はストラウブを追え」
「……お前は」
「俺はこいつと決着をつけなきゃならないんでね。どうにも、今回の騒動の根源はスタンレーにあるとみた」
スタンレーを撃破しないことには、第二第三の盗賊ギルドが生まれる。それも、組織と通じた上で動くような厄介なギルドだ。
終戦までの展望を持つ彼からすれば、そのような展開はなんとしてでも阻止しなければならない。
しかし、そんな彼の意図が伝わるはずもなく、ガムラオルスは明確な迷いを見せた。
彼はスケープと向かい合うと、最終確認とばかりに問いを投げかけた。
「スケープ、スタンレーは実在した。その上で、もう一度だけ聞いておきたい。お前は、本当にそれでいいのか?」
「それは……」
「それと、一応行っておくが――お前達がどうしようとも、盗賊ギルドは最終的に潰される。俺がお前達を立てているのは、火の国……延いては人類側の戦力を目減りさせたくないからだ。誰がやるか、ただそれだけの話」
「黙っていろ! 今はスケープと――」
「ワタシはガムラオルスさんについて行きます! あなたがそうしてくれたみたいに」
丸投げしようとした選択を突き返され、彼は困惑した。
自己で選択するということは、その責任を負うことに等しい。良いか悪いかはともかくとし、彼はそれを委ね続けてきたのだ。
「汚いやり方をする」
「……ハハハ、大人はみんなそんなもんだ。むしろ、俺みたいにすっきり答えてやるほうが珍しいくらいだ」
ガムラオルスは舌打ちをすると、スケープの手を引いてアジトへと走った。
「さて、これでミネアの件は解決できたはずだ。あとは――俺がお前を倒すだけだな」
「ライト! 私を忘れて欲しくないかな」
「……もう大丈夫そうか?」
「うん」
しばらく休んだからか、フィアの目は光を取り戻していた。目が見えてさえ居れば、彼女は天下無敵の《天の星》となる。
「俺も戦う」
「三対一か……フッ、最後の戦いにふさわしい規模だ」
一件有利にも見えるが、善大王もウルスも油断していなかった。
善大王達が戦ってきたのは、スケープの肉体を依り代とした不完全なスタンレーだ。
ウルスにしても、オーダ城で戦った彼は本気ではなく、時間稼ぎを是としていた節があった。
最後の戦い、という言葉に偽りがなければ、手加減や出し惜しみはないだろう。
「ウルス、傷の具合はどうだ」
「……足は引っ張らねぇよ」
「なら構わないが――どうだ? 希望があれば治療を行うぞ」
「余計なお世話だ」
ウルスが何かしらのダメージを負っていることに気付いていた。
善大王が少女に対して見せる究極的な読みは凄まじいものだが、それ以外に対しても十二分に人並み外れた観察眼を有している。
ウルスの魔力、表情や動きから傷の具合が決して軽くはないということも読み切っていたのだ。
相手の《魔導式》を先読みできるほどの男だ。そのくらいのことは容易にやってのけるだろう。
ただ、ウルスとしても強がりで治療を拒否したわけではない。この戦い、長期戦に持ち込むわけにはいかなかったのだ。




