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大空のフィア  作者: マッチポンプ
後編 ダークメア戦争
1008/1603

2s

「坊主、逃げるぞ」

「で、でもおかあさんが」

「……」


 ウルスは幼児といった方がいい少年を抱きかかえると、そのまま家の外に向かって走り出した。


「はなして! おかあさんが!」

「うるせえ! 逃げるのが母親の願いだ」


 子供が抵抗し、それを押さえようとした瞬間、直上から燃え尽きた建材が落下してきた。


「(くそっ、打ち落とす暇がねぇ)」


 彼の両手が自由であれば、すぐさま炎の刃によって迎撃することができただろう。

 だが、今は子供が必至に抵抗し、片手どころか両手が塞がっている。こうなると、精度の高い攻撃は不可能――つまり。


「くそがッ!」


 彼は子供を抱きかかえ、高熱の建材を背中で受けた。無論、炎による強化で威力を緩和させたが、それでも痛みは襲いかかる。


「(くそ……くそ! こんなところで死んでたまるか――殺してたまるか!)」


 子供は心配そうな顔で彼を見つめるが、当の本人は「痛えからしばらく黙ってろ!」と強くいい、屈んだような姿勢を無理矢理起こして走り出した。


 燃えさかる家を抜け出すと、彼は子供を地面に投げた。


「ったく、お前が無駄に抵抗するから火傷したじゃねえか」

「……おじさん」

「母親のことは諦めろ。あの女はお前を守ろうとして、命を尽くしたんだ。お前が無駄に死ねば、あいつの努力は無駄だ」


 何を言っているのかを理解できていない様子だったが、子供は彼の意志を感じ取ったらしく、頷いた。


「(ったく、面倒なもんを拾っちまったな)」


 ウルスは打ち付けられた背を擦ると、投げた子供を拾い上げ、再び歩き始めた。


「(直撃なんて久しいことだな。俺も年か)」


 天下無双、一騎当千の《選ばれし三柱(トリニティア)》とはいえ、傷に対して完全無欠であるわけではない。

 適切な防御を行う間もなく受けた攻撃は、通常の人間と変わらないダメージを背負うことになる。

 ただ、幸いだったのが戦いが終わった後、ということだ。彼が万全の状況で戦えないのであれば、あの組織との戦いも生き抜けなかっただろう。


「お前、何って言うんだ」

「……わからない」

「分からない? そんなことがあるのか?」

「よばれたことがないから」

「……なるほどな。この町に住むような女だ、子を世話する暇なんてなかっただろうな」


 それに、と付け足すように、彼は頭の中で呟いた。


「(盗賊を恐れていた様子……おそらく、盗賊の関係者だ。だから、救援をしていたのに逃げ遅れたってことか)」


 面倒なものを拾った、というのはその部分だった。

 親を失った以上、この子供は砂漠の摂理に従い、自分の力で生きていかなければならない。

 それはかつてのウルスと同じく、またスケープと同じく。


「お前に便宜上の名前をくれてやる」

「べんぎ……?」

「ラクーンだ。そう名乗れ」

「らくーん?」

「最後の頼みは聞いてやることにした。お前は俺が引き取ろう」


 盗賊に取られないようにする、というのは守ってくれという頼みの他ならなかった。

 さらに言えば、この砂漠から連れ出してくれ、というところにも繋がってくる。あの咄嗟に、母親は相当に頭を働かせたのだろう。


「(生まれた国が違うなら、こんなことはしなかっただろうな)」


 ウルスは無意識に、過去の自分と重ねていた。

 砂漠を彷徨い、明日の水にさえありつけるかどうかも分からなかった時の自分を。

 蜃気楼の如くに現れた、ある男。その男が差し出した一杯の水が、彼の命を繋いだのだ。


 だからこそ、こうして明日も知れない立場になった少年を助けることで、彼は過去の自分を救おうとしたのだ。

 救い主を助けることも、恩を返すこともできなかった過去を帳消しにするように。


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