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「以前の戦いから術者と読んでいたけど、体技もなかなか」
そう言いながらもフォルティス王は善大王の顔を見たままに薙刀を拾いにいく。
善大王は敢えてそれを放置し、《魔導式》を複数個組み立てていった。
「ああ、この技は俺よりも強い女の子から盗んだものだからな。ただ、紛い物でなかなかなら、本人と戦えば度肝を抜かれるだろう」
「へぇ、それ、気になるね。どうかな、教えてくれないかな?」
「教えてもいいが──そいつは、友達を苛めるような奴と楽しく遊んでくれる子じゃないぞ」
少し考えたような様子をするが、挑発するように首を傾げ、フォルティス王は問う。
「友達? それは僕の知り合いかな?」
「ハッ、それは俺が勝った時にでも分かるさ」
「残念だね。それじゃ永遠に分からないよ」
フォルティス王の無神経な言葉が口火となり、善大王は《魔導式》を起動する。
「《光ノ二十番・光弾》」
彼の術がターゲットに定めたのは薙刀。狙うは──武器破壊。
武器がなくなれば、術者戦に持ち込める。そうなれば、自分は確実に負けない、彼はそう確信していた。
それは正しく、術者戦にさえ持ち込めれば善大王の勝利は確実だった。持ちめれば、だが。
「甘いね」
フォルティス王は光の弾を感覚で見切った上で、薙刀の角度を素早く、繊細に切り替えた。
それによって、光弾が薙刀というレール上を流れていくような形で滑り、後方の壁に衝突して効果を終了させる。
「くっ……」
善大王が術者戦に特化しているのであれば、フォルティス王は武器による近接戦に特化している。安易な戦略は、読みの範疇を上回る技術で躱される。
問題なのは善大王は術者としての才を極限にまで高めているが、近接戦闘においてはフォルティス王とは大きな差があること。
対してフォルティス王は近接の才が凄まじく高い上、術者としても十分すぎる実力を持っている。
総合力でいえば善大王が上か、互角程度というところだが、このバトルフィールド内では両方を武器にできるフォルティス王の方がやや有利だ。
「《光ノ二十番・光弾》」
凄まじい速度でフォルティス王に迫るが、当然とでもいうかのように回避される。
だが、それに連鎖して同時に二発が放たれ、フォルティス王の三方向を囲う。
跳ぶか屈むか、どちらかという選択肢でフォルティス王は跳んだ。それも善大王の想定どおりだった。
残っていた一発が空中に向かって放たれる。この状況では回避は不可能。
この状況は言ってしまえば、チェックメイトに近い。どんな打ち手だとしても、どんな選択をしてもこの状況に持ってこられる。
数十発という弾幕による回避不能状態を、善大王はたった四発で作り出した。無駄がなく、隙間もないという打ち込み、高度な制御能力があって初めてできることだ。
これにはフォルティス王も抵抗できないと悟り、武器で受けた。
闘技場に置かれているとはいえ、軍備増強の甲斐あってか武器も高品質のものになっている。それを示すように、術の直撃を受けながらも真っ二つにへし折られる程度で済んだ。
地面に落ちた薙刀の破片を一瞥し、フォルティス王は目線を武器置き場の方に流す。
瞬時に善大王に向かい合うと、術者戦に応じるとばかりに《魔導式》を展開し始めた。
「(武器を取りにいけば、その時点で決着だったな)」
武器を封じた時点で善大王は勝利を確信する。後は確実に、それであって完全に封殺するように進めていくだけでいい。
先制を取ったのはまたもやフォルティス王。速度だけでは善大王が上だが、彼は単発では使わないので遅れてくる。
「《水の二十番・液杖》」
棒状の液体がフォルティス王の手から伸びた瞬間、善大王は察知した。
「(この射程じゃ届かない。だとすれば──投げか)」
術者としての読みは屈指のレベルだが、今回はフォルティス王が予期せぬ──普通に考えれば当たり前なのだが──手をとった。
走り出し、距離を縮めて近接戦闘にもってくる。
「飽くまでも近接戦か」
「さぁね」
だが、それを完全に予想していなかったわけではない。善大王も、これに備えていた。
先ほどの、武器を取りにいけば勝利していた、というのもここに繋がっている。
「《光の八十八番・光剣》」
黄色の輝きを放つ光剣が生成され、真正面からの戦闘に応じた。
水の二十番・液杖は液体を固定化し、棒状──杖の形にとどめている。だからこそ、水の性質を含めながらも硬度も少なからずある。
善大王の剣とフォルティス王の杖が衝突し、水飛沫が舞う。それで両者に何かの影響があるはずもなく、打ち合いは続いた。
善大王が、本来ならば有効な中級術を放てる規模の《魔導式》を、敢えて相手側の土俵に乗せたのにも理由がある。
水の杖は打ち合いによって形が崩れていき、既に維持が不可能な状況にまで陥っていた。
反対に光剣は未だ十全、初期の形は変化していない。
術による武器の精製には最大の欠点がある。それは使用中にも導力を制御し続けなければならないということ、そして固定化が浅いということだ。
順列が低ければ低いほど、その固定化が不完全になり、こうした事実上の武器破壊が発生してくる。
最初こそは勝ち気にも攻めていたフォルティス王もこれには参ったのか、次第に後方に下がりながらの弱腰な戦術に移行していた。
フォルティス王らしくもない手ではあるのだが、これも先ほどの攻撃誘導と同じ、誰がやってもこうなってしまう状況だ。