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兵隊に見つからないように迂回していき、ついに医療施設へと到着した俺は違和感に気付いた。
「……人の気配がない。だが、妙だな」
誰もいない。しかし、気色の悪い空気が漂っている。
おそらく、幻術が掛けられている。それも、この空間全域に。
俺は術の燃料にあたる導力を精製し、それを右手に収束させた。そして、それを周囲に放つ。
光属性の導力は周囲の幻影を打ち払っていき、真実の姿を露わにした。
「なっ……これは」
無数に転がる医者の死体。抵抗することもできなかったのか、血の汚れはさほど強くはない。
心配になった俺はスカーレのいる病室に駆けこんだが、そこには誰もいなかった。
「畜生……侵入を許したか」
執務室に戻った俺はシナヴァリアに緊急招集を掛けるように言い、会議室へと向う。
今回集められたのは、国内に居る者だけ。本来ならば光の国の有力貴族を呼ぶのだが、今はそんな悠長なことを言っていられない。
「本題から入る。現在、光の国内部に何者かが侵入し、エルフを奪って逃亡した」
エルフ? と疑問の声が上がってくる。エルフを保護したということは全体に周知したわけではないので、この反応も想定通りだ。
「本日、保護したばかりだ。その上で、犯人がそれを知っていることの異常性を語らなければならない」
シナヴァリアに引き継がせ、俺は一端黙る。
「確認をしましたが、監視網にそれらしき人物は見られません。内部犯と考えるのが無難でしょう」
「――と、言うことだ。俺の方で別件の命令を出し、洗い出しを掛けている。解決するのは時間の問題だと思うが、気を緩めないように」
国に努めているような重役は術を得意としていることが多い。だからこそ、彼等の役目は物事の決定というよりは、高い策敵能力を用いた包囲網の形成だ。
話を終え、部屋を後にしようとした時、ノックをしてから若い男が入ってきた。
「善大王様! 医療施設内の遺体はどのようにすれば――」
「馬鹿者! 会議室へ勝手に踏み込むことは禁じられている」シナヴァリアは憤る。
「いや、それはいい。とりあえずは管理官のクラークに聞いてくれ」
クラークは俺が聖堂騎士になって少し経った頃にやってきた男だ。残念ながら、医療関係者だった為、縁は全くない。
ただ、途轍もなく有能だったからこそ、凄まじい勢いで管理官に昇りつめたとは聞いている。そんな男がいるならば、処理に問題はでないはずだが。
「それが……被害者の中にクラーク様も……」
人の死よりも先に、俺は一つの疑惑を抱いた。
何も管理官は医療のエキスパートというわけではない。むしろ、人に命令してうまく回すように心掛けるような存在だ。
そんな奴がわざわざ施設にやってくるだろうか。
「シナヴァリア、監視班の場所に向うぞ」
「……ハッ」
早歩きで進んだ俺は到着早々命令を出した。
「クラークの動向を洗い出せ。エルフを預けてから、事件発生まで」
ここまで細かく言うとそう時間は掛からない。
「クラーク様は善大王様がエルフを預けてすぐに一度来ています。その後、もう一度訪れているそうです――アルマ様が出ていったすぐ後ですね」
明らかにエルフを目的にしている。そうとしか思えない行動だ。
「クラークの居場所を探れ。可能な限り、早く」
光の国は首都全域に監視網が敷かれている。他国からの者などが勝手に侵入すれば、すぐにでも気付けるようになっているわけだが、本国の者となるとリストから除外される。
ただ、記録が残らないわけではなく、探そうとすれば見つかる。逆に、探そうとしなければ確実に見つからないのだが。
「確認できました! 現在の座標は……《光の門》、です」
《光の門》……光の国が持つ聖域にして、光の国最大の危険地帯。
「善大王様、クラークは転移系を使おうとしているのではないのですか?」
「確かに……それならば監視がいくら完璧だろうとも無関係に逃げられる。エルフを質にどっかへ亡命するつもり、か」
転移系、言葉にすれば簡単だが、事実的には不可能のような術だ。
何千、何万という人間の導力を使い、それで一人を飛ばすのがやっとという、非効率極まりない術。当然、実用的には使われていない。
ただ、《光の門》は信じられない程のエネルギーを内包しており、その無尽蔵のエネルギーによって光の国はエネルギー問題を完全に無視できている。
その一端だけでも、転移するには十分すぎるはず。つまりは、奴が逃げるまでの準備を整えるまでの戦い、か。
俺は黙って部屋を出ていき、《光の門》に向って走り出した。
「《光の門》……久しぶりだな、ここに来るのは」
光の国の中心に位置する、円形の超巨大構造物。数区画分はあるそれは、この地にあるはずだった大穴を封じる為に作られたという。
ただ、封じられるような所以があるだけに、この地は基本的に立ち入り禁止となっている。
だが、かつて俺が冒険者だった時代に入っている。
それは四年前のこと。ある男からの勧めでこの国に訪れた俺は、平然と街の散策をしていた……。