第63 ⅬⅩⅢ話 擦れ合う翼
捜していたと思われる人物を発見したクロ。彼の背中にあったのは機械の翼だった。
人気の無い夜道をシロはひとり歩いていた。クロと二手に分かれて件の人物を捜しているが、今日も見付かる事は無い。午後十時を過ぎ、夜はますます更けていく。先ほど警官の姿を見かけ慌てて角を曲がってやり過ごした。こんな時間帯にふらふらしているのを見られたら声をかけられてしまう。そうなっては面倒だ。
前からキャップを被った男が歩いてくる。缶コーヒーをぐいと喉に入れつつ、スマートフォンを操作しながらシロとの距離を縮めていた。夜遅くに徘徊している彼女を不思議そうに見ながらも、特に声をかけてくる事は無くそのまますれ違う。直後、彼は飲み干した缶をその場に投げ捨てた。静かな道にこんと軽い金属音が跳ねる。
「……」
ポイ捨てはよくないなあ……そう思いながらも彼女は捜索を続けようとした。その時。
突如キイイイイイ、という音が耳に入ってきた。何かの機械音の様に聞こえる。ぴたりと足を止めた。
「……?」
近い……後ろだ。
振り向くと、そこには翼を広げた少年が先ほどの男と向かい合っていた。
「……! え……?」
み、見付けた……! ごくりと唾を飲み込んだ。と同時に街灯に照らされた少年の姿に彼女は衝撃を覚えた。彼の背中にあるのは機械の翼だ。
「……!? ……な、何あれ……!?」
少年の奇怪な姿に怯える男の顔がはっきりと目に映った。
「ひ、ひいいいい!」
悲鳴を上げた男はたどたどしく逃げていく。少年はそれを捕まえようとしていた。
「! いけない!」
シロはとっさに翼を出して彼に迫り、腕を強く掴んだ。
「なっ! 何をするつもりですか!」
突然の事にびくりと反応した少年は瞬時にその腕を振り解くと後退する。
「な、何だ君は……!」
「そういうあなたこそ、一体その翼は何なんです」
「き、君こそ……な、何だよそれ……そ、それ、本物か……!?」
「……? 何の事です」
「そっ! その羽だよ羽! 一体君は何なんだ!」
「質問しているのはこちらなんですけど。あなたは悪魔ですか、それとも天使ですか」
「あ、悪魔……? 天使……? な、何を言ってるんだ……」
「……?」
どうやら彼はシロが言っている事を理解出来ていないらしい。
「……よ、よくわからないけど……き、君は僕が怖くないのか……?」
「……ええ」
ほんとは少し不気味だけど、ここで弱気な所を見せてはいけない。極力表情を変えずに言葉を返した。
「……な、なら……僕達を……僕達を止めてくれ!」
「!?」
そして同じ頃河原でも、クロの前に機械の翼を生やした少年が佇んでいた。先ほどまで騒いでいた若者達は皆ことごとくその場に倒れ込んでいる。全てあの少年がやったのか。
「……!」
「!」
絶句していたクロに気付き、彼は見上げてきた。クロと同年代……中学生に見える。もしかしたら年下かもしれない。
「あらら、見られちゃった」
「……お前がやったのか……?」
「やったって、何を?」
「そいつらだよ」
「うん、そうだけど」
「お前は一体何者だ。その翼は何だ」
「俺が何者かって? ……そうだなあ、正義の使者……かなあ」
「はあ?」
「ああ安心していいよ。俺が打ちのめすのは害悪な連中だけだから」
「……正義のヒーロー気取りか……? まあそんなこたどうでもいい、勝手にやっててくれ。俺が気になるのはその翼だ」
「気取り……? 気取りじゃない、本物だ」
「あー……悪かった」
こいつ、ちょっとめんどくさい奴だな、とクロは思った。
「で、その翼は一体どうしたんだ? まさか自分で作った訳じゃねーよな」
「それは……秘密だ」
「……なあお前、悪魔って知ってるか?」
「悪魔? 何だよ突然。ファンタジーとかに出てくる奴か?」
「……じゃあ天使は」
「お前さっきから何を聞いてるんだ? 宗教の勧誘か?」
俺達の存在は知らないのか……? とにかくあの翼を作った奴が知りたい。
「何で翼の事教えてくれねーんだ」
「秘密は秘密だからだ」
「……悪いけど無理矢理にでも聞き出させてもらうぞ。あんまり手荒な真似はしたくねーんだけどな」
「……もしかしてお前、俺達をずっと捜してたのか?」
「ああそうだ。お前の翼の秘密を教えてもらうためにな」
「宣伝して回ってくれるのはいいんだけどさ……あんまり深入りされても困るんだよな……ま、そういう事だから。じゃ」
少年はくるりと後ろを向くとゆっくりと機械仕掛けの翼をはためかせた。やがてその足は地面から離れ、浮遊を始めた。
その時クロはその正体を捉える事が出来た。確かに翼だ。だが背中から直接生えている訳では無かった。彼はリュックサック程度の大きさの四角い箱の様な物を背負っていた。ベルトか何かで固定している様に見える。翼はその鉄の箱から左右に伸びていた。また箱の上部からは細いケーブルが二本出ており、少年のうなじを這う如くそのまま服の中へと入っていた。かすかなモーター音が鳴り、彼はどこかへと飛んでいく。
「逃がすか!」
すぐにクロも後を追い飛び立つ。
「おい! 待て!」
クロの声に気付ききょろきょろと辺りを見回した後に後ろを振り向いた少年は彼の姿を見付けるとぎょっとしていた。まさか自分と同じ様に飛んで追って来ていたとは夢にも思わなかったのだろう。
「げっ!? なっ! 何だよお前!」
「だからそれはこっちの台詞だ! その翼の事を詳しく教えろ!」
「い、嫌だね!」
少年は加速し、徐々にクロを引き離していく。負けじとクロも翼を動かした。くそっ、速ええ……噴射装置でも付いてんじゃねえか……? 何が何でも見失う訳にはいかねえ。ここで逃したら次はいつ会えるかわからねえ。なかなかクロを振り切れない少年はくねくねと蛇行を始めるが、クロはその動きにぴたりと付いていく。
「しつこいんだよお前!」
急な減速をした少年はぐるりとクロに向き直ると拳を構えた。やべえ! このままでは正面から突っ込んでしまう。
「うおおおおおお!」
目前で進行方向をわずかに修正したクロは、ギリギリの所で突き出された腕をかわす事に成功した。右頬がチッと擦れた。
「ようやく止まったな!」
翼で精一杯抵抗を作り、無理矢理ブレーキをかけるとクロはとっさに体を捻る。
「悪く思うなよ! 先にしかけたのはそっちだ!」
そのまま電流を纏わせた拳を少年の顔に打ち付けた。彼は墜落していく。
しかし、地上近くで体勢を戻した少年はそのままゆっくりと着地した。そこは野球が出来る広いグラウンドだった。
「……お前、俺達の邪魔をするんだな……!」
彼はぎろりとクロを見上げる。
「なら話は別だ……お前も粛清してやる」
とん、とん、とん、と数回地面を蹴った彼は、腰を屈めると勢いよく空へと昇った。見る見る内にクロに迫ってくる。
「! なっ!」
何だよ今の! 加速装置があるにしても初動のジャンプから速かったぞ! 弾丸の如く飛んでくる少年を素早くかわすが、振り返った時には既に再び眼前に迫っていた。
「くっ!」
殴りかかってきた腕を受け止める。重い一振りだった。硬い……彼の両腕はサポーターの様な物で覆われていた。いや、腕だけじゃない、脚もだ。まさかこれが、さっきの訳わかんねえ身体能力の正体……?
クロのほんの数秒の思考の間に少年は掴んでいる彼の手ごと右腕をぐいんと捻った。不意を突かれたクロは体勢を崩してしまい、そこに今度は左腕の一撃を受けてしまう。空中で踏ん張るが、すぐに追い打ちを受け地上へと落とされてしまう。
くそっ! 単純に力で負けてる! それにあの身のこなし……神薙を持った所で懐に入られる可能性が高い!
……機械の翼……か……クロはポケットの中に忍ばせていた神器転送のカードに触れた。
「来い……神乱」
ブレスレットにカードを通す。眩い光が生じ、転送されてきた神器を掴んだ……それは、まるで数珠。軽い力でぷつんとその輪を解くと、クロは落下しながら勢いよく珠を三発、少年へと放った。彼は容易くそれを避ける。
翼で身を守りながらも上手く受け身を取れずにクロは地面を転がった。ギリギリまで減速出来たため大きな痛みは無かった。立ち上がった時には既に少年が彼を追い地上に降り立っていた。
「さっきの変な珠は当たらなかったぜ……残念だったな」
「……」
モーターが唸り、少年の背中に取り付いている翼が蠢く。鈍色の羽が風を切りぐんとクロに迫ってきた。クロはそれを観察しながら少年の攻撃を避けていく。
「くそっ! すばしっこい奴だな!」
「なあ、それどうなってんだよ。その箱から伸びてるケーブル何だ?」
「うるさい! 誰が教えるか!」
軽く跳ねて、浮遊しながら後退する。もちろん少年も前へと飛び込んできた。
しかし、その途中で彼はよろめいて落下する。
「!? な、何だ!?」
「にやり。さっき投げた珠はお前に当てるために投げたんじゃねーんだよ」
「珠……!?」
先ほどクロが放った小さな三つの珠が少年の背後に浮かんでいた。
「さ、さっきの……! ……? な、何だ? つ、翼が……」
「動きが悪くなっただろ? 電磁波だよ。その箱の中結構複雑なもんが入ってんだな。精密機械は調子狂うぜ」
三種の神器のひとつ、砕光の鎧「神乱」。
「ちょっと本来の使い方とは違うんだけど……まあ、お前の動きを鈍らせられたからオッケーかな」
「くっ……くそ! 何だよこれ! 思った様に動かねえ! ……うわっ!」
むき出しの歯車の動きは狂い始め、機械仕掛けの翼は少年の意思に反した動きをしている。翼に引っ張られる様に彼はじたばたとその場で足掻いていた。
「よーしよし、今すぐ止めてやるからな」
クロは拳を握り締めると威嚇する様に一度放電し、少年目がけて地を蹴った。
「……おいおい……や、やべーよこれ。おいおいおいおいおいおいおいおい!」
一撃で気絶させてやる。力を込めてクロは距離をぐんと詰めていく。
「ぐっ!」
その手が少年の頬に触れようとした刹那、鈍い衝撃がクロの頭部を襲った。視界がブレる。
「……っ!?」
伸ばした拳は何にも当たる事は無く、倒れ込んで地面に顔を打ち付けてしまった。な、何……だ……?
「危ないとこだったね~」
朦朧とする意識の中で見知らぬ少女の顔を捉えた。まさか、こいつが……? 上から……空からやられた……のか……仲間が、いやがった……。
「……」
そこでクロの意識は途絶えた。
神乱、ようやく登場。クロの言う様に本来の使い方とはまた違う使い方ですが。





