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●しろくろ○  作者: 三角まるめ
追憶編
92/150

第-1000話

死の寸前まで追いやられた王女の目に、さららの遺した道が映った。

「あ……あたしは、まだ……し、死ぬ訳にはいかないん……だっ……!」

 少女は魔術で作った薄い明かりを頼りに、細い糸一本で繋がった意識を弱々しく保ちながら洞窟を奥へ奥へと進んでいった。頭の中には今ルルゥの事しか浮かんでいなかった。それさえあれば十分だった。

 そして、親友の遺物へと辿り着いた。


  第-1000話


「はあっ……! はあっ……! はあぁぁぁぁぁぁぁぁっ……!」

 立っていられなくなった王女は膝を突くとその場に倒れ込んだ。ほんの一時的にだけ僅かな魔力で止血をしたが、今ではまた傷口から血液が流出している。自分はもう助からない。彼女自身わかっていた……このままでは、だ。

「うっ……! うううっ……!」

 呻きながら這い進み、地面に描かれた魔法陣の中心に体を持ってきた所でごろりと仰向けになった。天井にある魔法陣の文様の一部が目に入る。魂が吸い込まれそうな気がした。

「……や……約束……した、から……! だ……だからまだ……死ぬ訳にはいかないのよ……!」

 最後の集中だ。両掌に力を込めて、魔法陣にありったけの魔力を注ぎ込んだ。

「あたしはここにいなくちゃいけないんだ! あなたが……あなたがあたしを見失わない様に!」

 彼女の言葉に呼応するかの様に魔法陣が光を放ち始めた。術が発動する兆しだ。

 突如ぷつり、と音を立てて緒が切れた。瞬間、彼女は無になった。

 そして。

 どくん、と大きく胎動した。大地が、命が、大きく揺さぶられていた。王女が再びはっきりと意識を自覚した時、あらゆる視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚的刺激が全身に雪崩れ込んできた。

「あああああああああああああああああああああああああっ!!」

 得体の知れない膨大な何かが体の内側から激しく涌き出てくる。知らず知らずの内に彼女は声を上げ、それと同時にこれが情報だという事を瞬時に理解していた。これは星に眠っていた記憶、すなわち大地へと還っていった全ての生命の記録───。

 しかし概念として理解はしたがそのひとつひとつを(つぶさ)に整理する事は出来なかった。人という生命体としてのキャパシティーを遥かに超えている。だが、たったひとつだけ心の内にはっきりと芽生えた感覚がある。

 気持ち悪い……!

「ああ、あああああああああああああああああああああああっ! あっ! ああああっ! おえっ! えぐっ! うっ! ……おおおおうえええええっ!」

 体が焼ける様に熱い。頭が締め付けられる様に痛い。苦しい。苦しい。明日の朝ご飯は何だろう。誰か。あ、今度一緒に3人で森林浴にでも行こうかしら。助けて。雨が降ったら海に遊びに行って、花を楽しみながら登山して泳ぐんだ……! どうして丸い四角形は無いんだろう。誰かっ! 助けろよっ! はあ、ははははは、気持ちいい……!

 やがて波が突然ふっと消え、何かががっしりと繋がった。


 ふっと目が覚めた。王女はいつの間にか気を失っていたらしく、意識を取り戻したという思考に達するまでにしばらく時間を要した。一体どのくらいの間気絶していたのだろうか。数十分。数時間。それとも数日。

 生きている。彼女はそう実感すると胸から腹を静かに手で撫でてみた。傷はあるが、血は完全に止まっていた。

 ……成功……した……?

 魔術で光を灯す。見ると彼女の周りの地面はぼこぼこと隆起しており、天井は所々崩れて一部が岩石となって落下していた。術の衝撃による物だろう。しかしあれだけ大がかりな魔方陣であったにも関わらずこの程度で済むとは、これもさららのなせる技なのだろうか。

「……凄い……凄いよサラ……」

 突然何者かの声がすぐ耳元で聞こえた。自分以外にも誰かがいたのかとびっくりした彼女はきょろきょろと確認するが、誰の姿も見当たらない。

「だ……誰っ……!?」

 誰かが尋ねた。

「あたしは……! …………!」

 はっとする。誰かの声ではない。自分の声だ。

 だがすっかり老けたかのごとくやけにしわがれている。叫び過ぎて喉でも壊してしまったのか……。

 ふと明かりに照らされた自分の腕を見てぎょっとした。骨と皮だけの、痩せ細ったよぼよぼの物だったからだ。この時ようやく彼女は何かがおかしい事に気付いた。いや、さららが作り出した理論は完璧だったはずだ。

 おそるおそる近くにあった岩の表面を魔術により鏡に変えて自分の顔を確認してみた。

 見なければよかった。真っ先に少女はそう思った。

 (ただ)れた様にぐちゃぐちゃに崩れた、人ではない醜い塊がそこにあった。

「……! い、いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」



 押し潰されそうになる心を必死で抱えて、彼女は深い深い絶望の中から何とか体を引きずり出した。その目に映った空は彼女の心を映した様に美しい漆黒だった。一片の欠損もない月は彼女を嘲笑うかの様に皓皓(こうこう)と輝いていた。

 その時、彼女は激しく燃える光を空に見た。流星は細い軌道を描きながら大地へと墜ちていく。まるでその姿を見る者全ての瞳に焼き付ける様に。その証を残す様に。

 明くる日、天使と悪魔の長い長い戦いが終わった。




 ああ、あなたがかつて打ち鳴らしたこの胸の鼓動は、今ではもう、すっかり止まってしまった。

 ああ。



 ……ああ……。


  『星が墜ちた日』

「もうひとつの恋の物語編」今回でお終いです。ちょっと暗いエピソードでしたね……活動報告でちょろっとだけ語ります。

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