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●しろくろ○  作者: 三角まるめ
追憶編
90/150

第-1002話 黄昏の子供達

ガレインを封印した本は大図書館に寄贈する事にしました。めでたしめでたし……?

 アインシュタットから山をひとつ越えた先に、年に一度開かれる祭りが世界的に有名なルクィスという大きな町がある。いや、正確に言うならばその祭りで行われる風物が絶大な知名度を誇っているのである。

 それは空中炎舞(えんぶ)。ルクィスには多くの筒職人が暮らしており、その技術を芸術の域にまで高めた物だ。内側に発火の術式が描かれている様々な形の筒に職人が魔力を込めると、それらに(かたど)られた炎が勢いよく撃ち出されしばらくの間空中を漂う。人々はこれらを見て楽しむのである。シンプルな文様から獣や竜など、筒によって作られる炎の形は様々であり、まるで息づいて空を舞っているかの様に錯覚してしまう事から空中炎舞という名が付いたのだった。

 今年もその祭りの時期が訪れたのである。王女は長らくこれに足を運べておらず、父にお願いしてみた所許可が下りたためこの度数年振りにお忍びで行ける事となった。最後に行ったのは確かまだルルゥが身を寄せる前であったため五年以上前だ。今回もいつもの様に三人で一緒に行くのだが、さららはひとり遅れて行く事になった。何でも「最終段階」らしい。

 あの図書館の一件の(のち)、彼女は連日の様にしばしばひとりで城の外に出る様になった。気になった王女が一度その理由を尋ねてみると、気になる術がありその練習をしているとの事だった。しかし教えてくれたのはこれだけで、それがどんな術なのか、またその途中の成果さえも見せてくれはしない。好奇心から何度かこっそりと後を付いて行った事もあったが、いずれもあっさりと尾行に気付かれてしまった。結局、王女は未だにこのさららの「研究」がどんな物なのかを知らなかった。

「ちょうどいいじゃない、私が来るまでふたりきりで楽しんじゃえば」

 王女の機嫌をとる様にさららが言った。

「ルルゥは初めてなんだし、あなたが色々と紹介したら?」

「ん~、でもあたしあんまり覚えてないし……だって最後に行ったのって8才とかそれくらいだよ?」

「あなたのおかげで楽しめたってなったら、少しは良く思われるんじゃないかしら」

「そ……そうかな?」

「あ、あと空中炎舞っていったらあの噂は有名よね」

「どの噂?」

「ほら、好きな人と一緒に炎舞を見ると、その人と炎の様に激しい恋に落ちるっていう……いっぱいお店を回って楽しい思い出を作って、最後に燃え盛る炎をふたりで眺める……そうしたら確率ググンとアップ間違い無しよ」

「むっふ~! やったろうじゃない!」

「単純……」

 王女は早速ガイドブックを取り寄せて祭りに向けての予習を始めるのであった。


「って……何でこうなるの……」

 祭り当日。無事にルクィスに到着した王女は人混みの中をわずかに変装して(といっても帽子を被り伊達眼鏡をかける程度だが)歩きながら不満を漏らしていた。

「どうした? 楽しみにしてたんじゃなかったのか?」

 隣を歩くルルゥが尋ねてくる。

「そりゃ楽しみだったよ……ふたりで回れると思ってたから……」

「え?」

「! あ! や! 何でもない!」

 ぽろりと本音を出してしまい誤魔化す。そう、もちろんこの日も彼女のそばには護衛が付いているのであった。

「つい3日前に南の大森林で天使との戦闘があったばかりなんです。残存部隊は確認されてないですけど安全とは言い切れませんからね。そもそも戦争中ですから、魔界中どこにいても危険なんですけど」

 後ろのキルトが説明口調で話した。今回は彼の他にも町の至る所に王家の護衛がこっそりと配置されている。

「しかもまたキルトだし……」

「いやあ、また護衛出来て嬉しい限りです、王女様」

「他に人はいないのかな……」

「よっぽど人手が足りてないんだろう。境界にも結構派遣しているんだろう?」

「あれ? もしかして私、馬鹿にされてます?」

「ピコーン!」

 何かを思い付いた様に彼女は甲高い声を上げた。

「ねえキルト、ちょっとここで待っててくれないかな?」

「え? 何か買われるのなら私も行きますよ」

「もう、それ聞く? ……お手洗い」

「あ、ああ、それは大変失礼しました」

「じゃあ、あっち向いてて?」

「は、はい」

 キルトは言われるがままに後ろを向く。

「よし、行こうルルゥ」

 監視の目が途切れた事を確認した王女はルルゥの腕を掴み駆け出した。

「あいつ、護衛として本当に大丈夫なのか……」


「うおっほん! それではあたしプロデュースのお祭りを楽しんじゃおうツアー、まずはこちら!」

 念願のふたりきりになった王女は声を弾ませて目の前にある出店をルルゥに紹介していた。

「バルトロス名物! キヤンメイド・グルーのぺトス焼き~!」

 キヤンメイド・グルーとは主にこのルクィスがあるバルトロス地方に生息する大鳥の魔獣である。茶色い毛並みに鋭い目、赤い嘴が特徴的である。この地方では昔からこの鳥を捕獲して食用にしており、ぺトスという油と果汁を調合した食用のたれをかけて焼くのが一般的な嗜み方だ。ちなみに魔獣は魔力を多く持っていれば持っているほどその肉に旨味が増すと言われている。

「うひょ~~~~~!」

 金網の上で音を立てて香ばしい煙を出している肉を見て王女はよだれをたらしそうになった。ルルゥの分とふたつ買う。

「どう、お味は?」

 骨付きの肉にかぶりつきながら彼に感想を求めた。

「……美味いな……」

「ほんと? よかった! じゃあ次行ってみよー!」


「お次は揚げマルク~」

「マルク? マルクってあのマルクか?」

「そう、あのマルク」

 魔界中で育てられているメジャーな野菜のひとつがマルクだ。掌サイズの丸い形をしている。粉を付けて油で揚げるという調理法も広く浸透しており一般家庭でも頻繁にそうやって食べられている。しかし。

「この祭りの揚げマルクは一味違うのよ」

 王女は串に三つずつ刺さった揚げマルクを二本買い一本をルルゥに手渡した。彼は早速ひとつを口に入れてみる。

「……何だかいつも城で食べてるのと味が違うな……」

「そう! この店のもぐもぐ揚げマルクはもぐもぐプノン酒もぐもぐもぐもぐもぐ」

「飲み込んでから話せよ」

「もぐもぐもぐもぐもぐもぐ……ごくん! プノン酒を混ぜてるの! 火が強かったら蒸発して味が飛んじゃうし、逆に弱くってもマルクに染み込み過ぎて臭くなっちゃうし、加減が難しいんだって。それをこの出店のおじちゃんは見事にやってのけてるの! もぐもぐ!」

「少しクセはあるけどマルクの味をむしろ引き立ててるな……美味い」

「やったーもぐもぐ! じゃあ次だねもぐもぐ」


「次はオムル貝の丸焼きだよ」

「また油っこい物か……」

「どう? 美味しい?」

「甘くて美味いな。殻が何ともいえない食感だ」

「でしょー! この次はね……」

「ちょっと待て。また食べるのか?」

「え? そうだけど?」

「……ちょっと休まないか?」

「え~……まあいいよ」

 まだまだ紹介したい店がたくさんあるのに、と思いながらも王女はルルゥの提案を飲んだ。気付いていないのが彼女らしいのだが、このツアーは実質ルルゥよりも王女自身が楽しめるコース設計となっていた。

 町の外れにある小高い丘の木の陰にふたりは座り込んだ。十秒も経たない内に王女は手に提げていた袋のひとつから中身を取り出す。ここに来るまでにまたいくつか食べたい物を買っていたのである。

「まだ食べるのか……」

「冷めない内に食べた方が美味しいじゃない……あ~美味しい」

「……」

 夢中になって食事をしている彼女を見ながらルルゥがぽつりと言った。

「お前といると、何だか飽きないよ」

「? 何それ。どういう意味? ……っ!」

 この時彼女ははっとした。周りには今誰もいない。彼女とルルゥと、本当のふたりきりだ。これって、物凄くいいシチュエーションじゃないんだろうか……。

「ふがふぐむぐむご……ごほっごほっ!」

 そんな時に何をのんきに食べてるんだあたしはと急いで粉ふりラースの残りを口に掻き込んでむせる。慌てて果汁液を飲んで落ち着かせた。

「何やってるんだよ……」

「ル、ルルゥ」

「? 何だ」

 王女は表情を引き締めてルルゥに向き合った。

「あ、あなたは……はっきり言って、あたしの事どう思ってる?」

「……」

 無表情で彼は彼女の顔を見つめ返す。少ししてから口を開いた。

「たれ、付いてるぞ」

「えぇっ!? 何なのよもう……!」

 あたふたと王女は服の袖で口元を拭った。その様子を見たルルゥは薄布を出すと彼女の腕を取り、付着したたれを拭き始めた。たちまち彼女は恥ずかしくなる。

「お前、王女なんだからその辺り少しは(わきま)えろよ。行儀が悪い」

「なっ! いっ! いいでしょ別に! 今はプライベートなんだから! 離してよ!」

「動くなよ。手に触っちまうだろ。肌が触れると痛いんだろ、お前」

「……っ!」

 彼の何気無い気遣いに彼女の胸はきつく締め付けられた。

 今こそ、思いを伝える時じゃないだろうか。

「……ねえ、ルルゥ。あたしはさ、あんたの事……」

 ところが続きを言おうとしたその時すぐ近くで物音がしたためふたりはとっさにそちらを向く。

「……あ、あら、もしかして私、もう少し遅れて来た方がよかったかしら」

 さららが到着したのである。


「むっすー」

「……」

 王女は再び人波の中にいた。いい所で邪魔をされた彼女は見るからに不機嫌そうに頬を膨らませながら歩いているのだった。

「ご、ごめんってば」

 さららが何度目かの謝罪をする。

「……別に、何とも思ってないわよ」

「いや、明らかに怒ってるじゃない」

「怒ってないわ」

「……(なに)か買ってあげるから」

「その言葉待ってました!」

 期待していた言葉を聞いた王女はころりと表情を変え笑顔を作る。彼女の言う通り、怒ってなどいなかったのである。作戦勝ちといった所か。

「それにしてもよく俺達のいる場所がわかったな」

「ん~、約束の場所で合流したらキルトしかいないじゃない。何でって聞いたら逃げられたって言われて、それで手分けして探す事にして。私はこの間何を食べたいとかは聞いてたから、まずは見晴らしのいい丘に上ってそのお店がどの辺りにあるのか目星を付けてコースを決めようと思ったの。そしたらたまたまあなた達がいたのよ」

「なるほどな」

「例の研究は成功したの?」

「え? ……ええ、多分ね」

 さららは言葉を濁す。

「?」

「試してはいないけど、多分完成よ」

「へ~、お疲れ様」

「そろそろ何の術を研究してたのか教えてくれてもいいんじゃないか?」

「……そうね。帰って、明日にでも話すわ」

「あ! あたしあれ食べたーい!」

「……はいはい」

 それからはさららがキルトと待ち合わせを予定している地点に向かいつつ三人で祭りを回った。食事を売っている店だけでなく、遊戯をする屋台で体を動かしたり簡単なゲームを行ったりもしたし、観光名所の大岩を見たりもして楽しんだ。


「ほっ」

「ルルゥすごーい!」

 それは的当てでルルゥが満点のスコアを出し、景品として大量のお菓子をもらった直後だった。

「……何だか騒がしいわね」

 さららが後ろを気にして振り向いた。王女も確認するが、元々周りは祭りを楽しむ人々の喧騒で溢れている。特に何も異変を感じなかった。

「そう? 気のせいじゃない?」

「いや……僅かに悲鳴みたいなのが聞こえるな」

「え? ……!」

 もう一度耳を澄ませる。言われてみれば、遠くの方に微かにどよめきが聞こえた。

「……! あれ!」

 空をさららが指差す。そこには三人の男達が翼を広げて飛んでいるのが見えた。その内追われているひとりの羽は純白であった……天使だ。

「! 嘘!? 天使!?」

 やがて彼らは空中で戦闘を始めた。それに嫌でも気が付いた地上の人々はパニックを起こし自分達の身に危険が及ぶ前に声を上げながら少しでも遠くへ逃げ始めた。その激しい流れの中で、三人は状況を飲み込めずに立ち尽くしているだけだった。

「あっ! あたし達も逃げなきゃ!」

「もうすぐ合流地点だからきっとキルトもこっちに向かってきてるはずだわ! ……えっ!?」

「何っ!? ……えええええっ!?」

 もたもたしている間に天使の男が彼女らの前に落ちてきた。一刻も早くこの場から立ち去らなければ……! 一同が危機を感じ動こうとした矢先、男の目が王女と合った。

「! ひっ!」

 彼女が怯えた声を発した瞬間、目の前にひとつの影が現れる。

「お怪我はありませんか!? 王女様!」

「キルト!」

「……王女?」

 男はぴくりと反応した。

「ここは私に任せて早くお逃げ下さい! とにかく後方へ! 他の者達も騒ぎを聞き付けて急いでこちらに駆け付けているはずです! ……うわっ!」

 話し終えた直後に男が彼に刀で襲いかかる。キルトはそれを剣でギリギリ受け止めていた。

「うああっ……!」

 王女は足がすくんで動けなかった。血が流れる本物の戦いが今目の前で行われているのだ。

「にっ、逃げるわよ!」

「あっ、足がっ……!」

「何やってるんだ!」

 その場にへたりと座り込んでしまった彼女の腕をルルゥが強引に掴む。

 その刹那、さららが王女の名前を叫んだ。

「! ア───!」

「!」

 声に彼女が振り向くと───そこには胸を剣で突かれたさららの姿があった。天使はもうひとりいたのだ。人混みの中から出てきて王女を背後から襲おうとしていた所をさららがかばったのだ。

「サッ……!」

「ごほっ!」

 さららの口から血液が(こぼ)れ出たのを見て、王女の背筋は凍った。

「サラァァァァァァァァァッ!!!」

「ウオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」

 巨大な呻き声と共に光の獣がさららを襲った男に飛びかかる。ルルゥだ。感情が高ぶり、存在のゆらぎが始まったのだ。

「サラッッ!」

 倒れ込んだ彼女のそばまで王女は懸命に体を引きずった。さららは口を大きく開け、苦しそうに精一杯の力で呼吸をしていた。胸の傷口からはどくどくと血が(あふ)れていた。

「……っ! …………っ!」

 彼女はやっとの思いで呼吸をしていた。何かを言おうとしているのだが、声は決して出てこない。

「……っ! ううっ……!」

 王女の視界が滲んできた。駄目だ! 泣いている場合じゃない! 早く……早く処置を……!

 傷口に手を当てて治癒の呪文を唱える。だけど、止まらない。ぽっかり開いた穴からは命が次々と流れ出ていた。

「えぐっ! 止まらないっ! 止まらないよおっ! 何でっ……! 何で何で何で何で何で何でっ! 何で止まらないのよおおおおおおおっ!」

 狂った様に彼女は泣き叫んでいた。

「だっ! 誰かっ! 誰か医術師いいいいいいっ! 誰かっ! 血を止めてっ! サラを助けてっ! 誰かっ! 誰かあああああああああああああっ!!!」

 喚く王女の手がか弱い優しさに包まれる。彼女の親友のその目は、今にも閉じられようとしていた。もういいから。言葉にならない言葉が聞こえた。

 そして。

「……………………つ…………く……え……………………」

「!? サラ!? 何!? サラ!?」

 かすれた声を絞り出して、さららはそのままゆっくりと瞼を閉じた。

「…………サラ!? …………嘘……眠っちゃ駄目だよっ! サラ……! サラァァァァァァァァッ!」

 ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ! 濃青の空に慟哭が響いた。

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