第-ⅯⅩⅧ話 ルルゥの秘密
従者のニーウェッグ達に命を狙われたルルゥ。重傷を負い谷底へと落ちていったが……。
ルルゥは見知らぬ部屋で意識を取り戻した。思考が全く働かなかったが、しばらくして彼は自分が傷を負い谷へと落ちた事を思い出した。今こうしているという事は生きているという事だ。どうやって助かったのか。
彼はベッドで寝ていた。上体を起こすと布団越しに脚の辺りに何か温かい物を感じる……人だ。
「……すう……すう……」
そこでは悪魔の王女が重ねた腕に顔を伏せて穏やかな寝息を立てていた。なぜ彼女が自分のそばで眠っているのか、理解が出来ない。
「おい、起きたぞ!」
声が聞こえて彼はこの部屋にまだ人がいた事を知る。服装からして魔王家に仕える者だ。扉を開けて、廊下にいる仲間に連絡をしている様だった。
「……」
ルルゥは無言のまま室内を見回す。今自分がいるベッドと、机と椅子がひとつずつ……ここは大魔城の客室だろうか。
数分後、三人の家臣を引き連れ魔王が入室してきた。交流会の時に見た顔ぶれだ。
「おはようございますルルゥ皇子。ご気分はいかがでしょうか」
「……可愛らしい寝顔を拝見出来とても心地よい気分です」
彼は世辞を言った。魔王は未だ熟睡中の娘に目をやる。
「……ははは、それはよかったです。皇子の事が心配で一晩中そばにいたそうでして」
「一晩中……?」
言われて彼は今が朝だという事に気付いた。気を失っている間に日が変わっていたのだ。
「傷はどうですかな」
魔王は続けて質問をした。
「傷……?」
そういえば、それほど激しい痛みを感じない。なかなか奥の方まで突き刺された様であったが。
「あまり酷い痛みはありません……あなた方が手当てを?」
「医療班にやらせました。腕は確かですからね」
「……ありがとうございました」
一言感謝の気持ちを伝えると、彼は自分が谷に落ちてからの空白の時間について魔王に尋ねた。
「……魔王様、私は一体なぜこちらに……?」
「……昨日、ここから1kmほど東にあるロズの谷の底にある川のほとりで皇子が酷い傷を負って倒れている所を家臣が発見しまして、連れ帰って来たのです」
「……そうですか……ありがとうございます」
彼はまた礼を述べた。
「……皇子……一体何があったのですか。お話しになって頂けないでしょうか。使節団の方々はどちらへ……? あの件の直後から捜しているのですが、一向に見付ける事が出来ません……」
「……」
ルルゥは少し考えた。自分の秘密を敵である悪魔の連中に話していいものかどうか……だが、別に隠しておく必要もあるまい。もう自分には、帰る場所など無いのだし。
「……私達神の一族は自らの体内に発電能力を有しています」
「……? ええ、それは知っています。まるで私達の魔術の様だ」
関係の無い話を聞かされている様で魔王は少々戸惑っている。
「……どうやら私はその力が他の者よりも強い様で……感情が高ぶったり、その力を使い過ぎたりすると時々暴走してしまう事があるのです」
「暴走……とは?」
「自我が欠落していき、それと共に実体を薄めていく……学者は『存在が揺らぐ』と言っていました」
「存在のゆらぎ……?」
「肉体がその定まった形を失い、電気エネルギーの塊と化してしまう……」
「……?」
その場にいた者は皆信じられないといった様子でルルゥの顔を見つめていた。彼自身も初めてこの話を聞かされた時はそうだった。魔術を操る悪魔でもにわかには信じ難いのか。
「……驚かれていますね、相当」
「あ、ああ……申し訳ございません。突拍子も無い話に聞こえまして……」
ルルゥは話を続けた。
「だから、私の父は私の事を恐れたのです。ただの電気の塊と化した私の姿は獣のそれそのものだ。いつ、どういった事がきっかけで完全に自我が崩壊し、何か事をしでかすかわからない―――いつ自分が殺されるかわからない―――」
「……!」
「そこで彼はこう考えた。殺される前に殺してしまおう、と」
「……! そ……そんな事を……! 自らの血を分けた子を……!?」
「あれはそういう男なのです……その時から私はヴォルトシュタインにとって脅威でしかなかった。ここからは私の推測ですが……おそらく、この魔界訪問は私を始末するために設定したのでしょう」
「! な……なぜわざわざ……? 我々は利用されたと……?」
魔王は驚愕していた。どうしてそんな事をするのか、見当が付かないという顔をしている。
「私に傷を負わせたのはニーウェッグ達です」
「!」
「おそらく彼らはもう天界に戻っているでしょう」
「……そんな……し、しかしあちらとを結ぶ門を通過したという報告は……! まさか……」
「あなた達悪魔から奪った札を使ったのでしょうね」
異界への門を開ける札……天使は捕虜にした悪魔や倒した悪魔から度々これを奪っている。
「もしくは……!」
裏切った王家家臣が持っていた物を使ったか……と言おうとして、ルルゥははっとして口を噤んだ。この事を王家側は知っているのだろうか。
「……オラクルとマクガリナ……ああ、王家に仕えていた者達です……昨日まで……彼らが持ち去った札を使ったか、ですね……」
「! ……ご存じなのですね……」
「ええ……皇子の背中に刺さっていた剣は、王家が使っている物ですので……あの件の後ふたりの姿が見えなくなったとの報告もありました」
魔王は苦しそうな顔をしていた。信じていた者に裏切られた……ルルゥと同じ境遇だ。
「……ですが、皇子の命を狙うために魔界訪問を設けたというのは一体……?」
「……それは、おそらく……」
その時家臣のひとりが慌ただしく入室してきた。
「まっ、魔王様……!」
「! どうした!」
「先ほど、天界から遣いの方がいらっしゃり文書を持って来られたのですが……!」
「!? 何なのだ!」
封筒を受け取った魔王はすぐに中から紙を取り出し広げた。天使の言語で書かれている物と、悪魔の翻訳者が訳した物と、二通入っている。
「……! な……! 何だ、これは……!」
「……新たな宣戦布告……ですか」
ルルゥも手紙を渡してもらい目を通した。書かれていたのはやはり彼の予想通りの展開。ざっとこうだ。
“天使の第四皇子ルルゥ・ヴォルトシュタインは悪魔によって殺された。これは天使にとって極めて憤慨すべき事件である。これによって和平への道は決定的に途絶えた”
「……やっぱり、これが狙いか……」
彼は手紙をぐしゃりと握り潰した。まんまと利用された訳だ、俺も悪魔の王家も。これでは立場が逆転している。休戦へと歩み寄っていた天使を悪魔が裏切った形になっている。殺された俺はさしずめ「悲劇の皇子」といった所か。一世紀近く戦いを続け低下していた士気を再び奮い立たせるための、悪魔への敵対心を増長させるためのいわば道具。今頃天界では俺の葬儀の式典の準備が急ピッチで行われているのだろう。
「くそっ……」
思わずルルゥは唇を噛み締める。
……だが、ニーウェッグは彼を仕留め損ねた。しかしそれでも放置したのは戻って来た所でもはやどうとでもなると推測したのだろう。確かにその通りかもしれない。自分はすでにいつ始末されてもおかしくなかったのだ。
帰る場所など無い。
「……俺を……どうします?」
「……?」
状況を飲み込もうとしている悪魔の支配者にルルゥは問いかけた。
「もう礼を尽くす必要は無いですよ、魔王様。これで関係修復は完全に無くなった……俺を殺しますか? 天使である俺を」
「……何を……皇子に私達と戦うご意思は……?」
彼は逆に質問をしてくる。
「……無いですよ。何のために戦うっていうんです? 守るため? 何を? 家族? 居場所? そんな物俺には無い」
「……」
ルルゥの言葉を聞きながら魔王は黙考していた。やがて口を開く。
「……天界に帰した所で、皇子はまたお命を狙われるだけ……なら……」
「……なら……?」
「……この城で暮らされてはいかがですか」
「……!?」
予想外の回答だった。殺されたり投獄されたりするのではなく、城の者として暮らす。
「大魔城で……悪魔の、王家の城で、天使の皇子が暮らす……!?」
「私もあまり殺生はしたくありません……いかがですかな……」
魔王は笑みを見せる。
「……」
彼の提案に驚いてはみたものの、考えた所で他に選択肢が無い事は彼にはわかっていた。
「……では、お言葉に甘えさせて頂きます」
「……わかりました。とりあえず皇子はしばらくこの部屋で休んでおられるといい」
安堵の様な表情を浮かべて部屋を出ようとした魔王を「ちょっと待って下さい」とルルゥは呼び止めた。
「どうかしましたか?」
「……いい加減、重いんですが」
王女はまだルルゥの体を枕にすやすやと眠っていた。
という訳で、悪魔の王女と天使の皇子の共同生活が始まる訳です。





