第48話 バレンタイン・キッズ(前日・乙女心編)
ありのままの姿見せるのよ。
二月十三日。少女は来たる戦に備えて着々と準備を進めていた。
場所は居雑貨屋香林の園。営業を終えたその厨房にはシロとイヴの姿があった。
「よ~し、ちゃんと材料持って来た?」
「うん」
イヴの問いかけにシロは手に提げたレジ袋を見せて答える。
「ふむふむ……」
中身を確認し、納得がいくとイヴは袋を預かり厨房台に置いた。
「よろしい。ではこれからイヴちゃんの調理教室を開講します」
「お願いします先生」
「やだよ先生だなんて。照れるじゃないか」
などと言う彼女は両手を頬に当て恥ずかしがる素振りを見せるが、満更でもなさそうだった。それになぜか眼鏡をかけている。
「イヴさん……目悪くなっちゃったの?」
「え? これ伊達だよ。見た目から入ろうと思って」
「あ、そう……」
パティシエというよりも「先生」という単語から見た目を作ったらしい。
「では問おうシロ。汝の目的は何ぞ」
イヴの言葉遣いが急に漢文に出てきそうな物に変わる。特に意味は無く、勢いだろう。
「え~っと……」
シロはやや俯き、手を後ろで組み指先を適当にいじりながら言った。
「ク……クロにチョコを渡したい……です」
「恥ずかしがるな! 今の時点で恥ずかしがってどうする!」
「だ、だって……その……何だか渡す所を考えると恥ずかしくなっちゃって……」
「ええい乙女め! 可愛いなちくしょう! ……そう、クロにチョコを渡すのがあんたの目的……つまり、この調理教室を開いた意味である!」
「あの……ほんとにイヴさん、チョコ作れるの……?」
「任せなさい! あたしゃあんたなんかよりずーーーーーっと長く生きてんだよ(三分の二以上は眠ってたけど)!」
……答えになっていない気もするが。
つい数日前、イヴの方からバレンタインについての話題を挙げてきたのである。「クロに手作りチョコでも渡せば。何ならあたしが手伝うよ」。大丈夫、あたしがしっかり教えてあげるから。自信満々に言う彼女の話にシロは乗る事にした。チョコを作ってみたいとは思っていたが、何もわからないままひとりでやるよりはいいだろうと考えたからである。ただ、バレンタインなんていう風習は魔界には無い。
言った通り、シロは材料を多めに買ってきた。イヴはちらりと厨房台の上のレジ袋に目をやる。おそらくこの材料を全て使い切ってチョコを作ったとしても、クロに渡す分を除いてもまだ数人分は残るだろう。では残ったチョコはどうするか。
あたしが食べればいいじゃない!
シロにチョコの作り方を教えるついでに、チョコをたらふく食べられる。これが彼女がこの調理教室を開講した真の目的だった。
「では今回作るメニューを発表する。それは……トリュフ!」
「ト……トリュフ……?」
何だか凄そうな言葉が出てきた。高級そうな響きだ、とシロは思った。
「そ、そんなの……私に作れるのかな……」
「大丈夫! なぜならここにレシピがあるから!」
イヴは事前にインターネットで調べておいたレシピをプリントアウトした物を出した。
「チョコでチョコを包んだチョコ! これは定番だよ!」
そしてあたしが食べたいんだよ!
「はあ……」
シロの声にはなお不安が感じ取れる。
「でも……上手に作れなかったらどうしよう……」
「……なーに、心配する事無いよ」
イヴはシロの後ろに回り込み彼女の肩にぽんと手を置いた。
「それくらいであんたの事を嫌いになっちまう様なつまらない男じゃないだろ?」
「……う、うん……」
「一番大事なのは技術じゃなくて、想いなんだよ。想いを込めて伝える行為に意味があるんだ。そうだろ? 恋するシエルちゃん」
「……! ……うん……頑張る……!」
「さ、それじゃエプロン着けな」
「うん」
シロはいつも自宅で調理をする時以上にきつく、ぎゅっとエプロンの紐を締めた。
「よし、それじゃイヴちゃんの調理教室、スタートだよ!」
「で、出来た……!」
約一時間後、念願のトリュフは完成した。初めて作ったという事もあり、形はいびつだ。
「……」
出来上がったチョコを見てシロは達成感と悲しみが入り混じった表情になる。
「……何かぐちゃぐちゃ……」
「……み、見た目が問題じゃないよ。味がよければ……」
イヴはひとつを摘まんで口に入れた。
「……もぐもぐ……」
「……ど、どうかな……?」
「……辛い」
「へっ!?」
「かっ……辛い! めちゃくちゃ辛い!」
「うっ、嘘!? どうして!?」
「あっ、あんたあたしにうっ、恨みでもあるのか! 七味でも入れたのか!」
「い、入れてないよ! ちゃんとレシピ通りに……!」
「何でレシピ通りに作って辛くなるんだよ!」
「わ、私に言われても……!」
「さっ、さすがに想い云々言ってもこれじゃああまりにも……! つ、作り直し!」
「……は……はい……」
二度目の挑戦。
「すっ……すっぱ~~~~~~~っ!」
「……」
「や、やり直し!」
三度目。
「しょっぱいわぁ! やり直し!」
レシピ通りに作ってもなぜか甘いトリュフにならない。だが回数を重ねるにつれ慣れたのか、形はどんどん綺麗な球になっていった。
「……うぅ~~~~~~……!」
「……だ、大丈夫……?」
「お、お腹が痛い……! あ……あんた……! 魔術でもかけてるんじゃないだろうねえ……! あたしが死なないからってモルモットにして新術の実験を……!」
「グサリ……! ……そ、そんなに言われるなら、もう作んない方がいいかな……」
シロはしゅんとした顔になる。さすがに言い過ぎたかとイヴは思った。
「まっ……待って……! まあ、人には向き不向きがあるから……もうちょいがんばっうっ……トッ……トイレに行ってから……!」
実験を重ねる事数時間。七回目にしてようやくあま~いトリュフを作る事に成功したのであった。
「おいし~い! ……もぐもぐ……これ! これだよあたしが食べたかったトリュフは!」
「ほ、本当!? ちゃんと甘いの!?」
「ばっちり! あんたも食べてみ?」
シロは初めて自分が作ったトリュフに口を付ける。これまでは最初にイヴが試食をしたきり作り直していたからだ。補足しておくが、普段の彼女はこれほど調理に失敗する事は無い。
「ぱくっ……もぐもぐ……お、美味しい……! 甘くて……!」
一度の調理で出来上がったトリュフは十個。材料はまだ数回分は残っている。
「よし、今の作り方を忘れずに、もう一回作ろうか。今作ったのは置いといて」
「うん!」
気持ちが前向きになったシロはまたトリュフ作りを再開した。
しかし、結局奇跡の一回だったらしく、それ以降は再び甘いトリュフを作る事は出来なかったのである……。
材料は尽きてしまい、もう調理をする事は出来ない。テーブルには今ふたつの皿が置かれていた。右側は奇跡的に作り出された普通のトリュフ。そして左側が最後に作った奇跡的に苦いトリュフである。残りの物は全て捨てた。
「……ま、一応成功出来たからいいか……」
「……最後の苦いのはどうするの?」
「え? それはあたしがギルにあげるよ」
「ギルに……」
「そんなもんでいいでしょ、あいつなんて」
「そんなもん……」
「じゃあ片付けようか。えーっと、右が甘い方で左が苦い方だからね」
「わかった」
シロは二種類のトリュフをそれぞれ小さなビニール袋に詰める。
続いて元ネタにしていた市販のチョコレートが入っていた紙パックなどの可燃ごみをごみ箱に捨てた所、袋がいっぱいになったのでその口を結んで彼女はうんしょと持ち上げた。
「ごみ捨ててくるね」
「ああ、悪いね。えーっと、ごみは朝に出してるから……そこの扉開けて倉庫の左側に置いといて。右側は生ごみ置き場だから」
「わかった。左側だね」
ごみを持って行き厨房に戻って来ると、イヴはまだ皿洗いを続けていた。
「もう遅い時間だから帰んな」
かちゃかちゃと音を立てながら彼女はシロに帰宅を促す。
「え? いいよ、私も手伝うよ」
「もうこれ洗うだけだから。あたしもすぐに帰るからさ」
「……でも……」
「あんまり遅くなっちゃうと、クロが心配するだろう?」
「……うん……わかった」
「それ持ち帰って、明日渡すまでしっかりあいつにバレない様にしとくんだよ?」
「うん。今日はほんとにありがとう、イヴさん。なかなか上手に作れなかったけど、私、頑張って渡すから」
「あいよ。気付けるんだよ」
シロは帰り支度を始め、テーブルの上のトリュフに手を伸ばした。
五分後、イヴも洗い物を終えてギルバートの家に帰ろうとしていた。
「お?」
テーブルの上のトリュフを見て疑問符を浮かべる。ふたつ置かれていたトリュフの小袋は、右側に置かれていた方が残っている。
「……」
あたし、何て言ったかな。右側が……。
そう心の内で呟きながら、彼女は恐る恐る小袋を開けた。丸めるのだけは上達していたので、もはや二種類のトリュフの見た目は寸分違わぬ物になっていたのだ。あくまでも見た目だけだが。
「……」
くんくん、と匂いを嗅ぐが、やはりそれではわからない。
「……」
ごくりと唾を飲み込んでイヴは一口小さくかじった。
「……! あま~い……!」
……と、いう事はだ。
「……」
彼女の頭上で電球がぴかりと光った。
「……これは見ない訳にはいかないねぇ~」
にやりと八重歯を見せ、それからトリュフをもう二、三個ひょいひょいと口に投げ入れた。
なぜシロは甘いトリュフを作れなかったのか……その謎は誰にもわからない……作者の僕にですら。





