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●しろくろ○  作者: 三角まるめ
逆襲編
49/150

第40 ⅩⅬ話 心あなたと

クロと早見の鬼ごっこ、ついに決着の時です。

「はい、お待たせしました!」

「ありがとう」

 模擬店の生徒から渡されたたこ焼き入りの袋を、マリアは丁寧に礼を言って受け取った。

 その時、ふと体育館の方が気になる。

「? ……何やら騒がしいわね」

 しかし彼女は、さっさと理事長(あのひと)たこ焼き(これ)を持っていかないとたらたら文句を言われるのは目に見えているわ、とすぐに振り返り、その場を後にした。


 ……。

 ……あれ……何だろ……私、今、どこにいるんだろ……真っ暗で何も見えないや……。

 ……何だろ……何も見えないし、何も聞こえない……だけど凄く、凄く懐かしい感覚がする……痛くって、くすぐったくって、温かくって、むずがゆくって、楽しくって、嬉しくって、悲しくって、苦しくって。

 生きている、感覚。

 恋する感覚だ。


「……痛いよ、クロ」

「!」

 隣で聞き慣れた声がした。ずいぶん久し振りに聞いた様な声だ。彼を突き動かす声。

「……シロ!」

「ごめん! ほんとに痛いから離して!」

「! あ、ああ! 悪い」

 強く握り過ぎたかな、とクロは慌ててシロの腕を離す。

「……お前、元に戻ったんだな」

「え? 元に戻るって……何が? ……あれ? ここは……」

 彼女はぐるりと周囲を見回し、少ししてから状況を理解した。

「ええっ!? 何でこんな事に!?」

「詳しい説明は後だ」

「打ち破ったというのか、僕の……邪眼の呪縛を!」

 舞台の反対側にいる早見が声を上げる。彼は苛立ちを隠せないでいた。

「ク、クロノ君!」

 倒れていた薫が素早く立ち上がり、クロのそばまで逃げる様に駆け寄って来た。

「あなたは……早見君!」

「やあ、こんにちはシエルさん……!」

「私、うっすらとだけど覚えてるよ……あなたに何をされたのか!」

「そうだね、君には本当に酷い事をしたと思ってるよ」

「今なら謝りゃパンチ一発で許すぞ早見」

「それはありがたいね……だけどまだ僕は君に捕まってない!」

 彼は両目を大きく見開く。

「お前ら! あいつの目を見るな!」

「無駄だよ! これはそんな事関係無い!」

 早見の前に突然翼竜が現れた。あまりの唐突さに三人とも言葉を失う。

「……! な、何だよこいつ……!」

「り、りりりりりりりりり竜!? は、はは……!」

 薫は腰を抜かしてへたりと座り込んでしまった。

「まさか魔獣!?」

「違うね、これは僕の邪眼によって作り出された幻獣さ。幻だが確かにいる(・・)。君達、いやこの体育館の人達の精神に直接干渉している。現実には存在しないが君らが攻撃されたと思えばそれはそのまま君らの精神に影響する」

「つまり脳に思い込ませる事によって実際のダメージを与えるって事だな!」

 クロは翼を広げた。

「さあ、君はどう戦う!?」

 幻獣ズメイはクロの方に首を向け呻き声を上げると、ばさばさと翼を動かし始めた。

「逃げるに決まってんだろ!」

 竜より早く彼は観覧席の方へ飛翔した。

「神居!」

 素早く神器を転送すると、端に座っている生徒達のすぐそばを飛び過ぎながら次々と刀で空間を「斬って」いく。まずはこいつらを守んねーと……!

「どおおおおおおらあああ!」

 彼らはどよめいていた。その中には泣き叫ぶ子供もいた。

 竜もクロの後を追って飛んで来た。速い。凄まじい音を立てどんどん彼に迫って来る。神居はある程度なら範囲を広げられる。最後列まで斬り終え観客全員を絶対守護の空間へ斬り離すと、彼は壁を蹴り、ドラゴンに真正面から向かっていく。

「来い! 神薙ィ!」

 今度は神薙を転送し、先の方に付いている刃で斬り付けにかかった。

「うおおおおおおおおっ!」

 腹部をズバリと攻撃した手応え。確かに傷を負わせたのを確認した。この幻獣から攻撃を受けたと思い込めば本当に傷を負う。という事は逆に、この幻獣に攻撃を与えたと信じ込めば幻獣の方も実際に傷を負うはずだ。なぜならこれは幻なのだから。


「クロ!」

 クロがステージに戻って来た。

「っくしょう! こりゃかなり手間がかかるぞ!」

「う、うわ……」

 薫が竜の方を見て声を震わせる。

「うわうわうわうわうわうわうわうわうわああああああああああああああああっ!」

「落ち着け薫! ってん?」

 クロも後ろを見る。竜はもうすぐそこまで来ていた!

「って、引き返すの速過ぎるっつのおおおお!」

 彼は再び飛び立つ準備をし、薫の腕を引いた。

「逃げるぞ! シロも飛べ!」

「うん! 私に考えがあるよ!」

 彼女は急いでスカートのポケットに手を入れる。

「……あった!」

 早見に操られていた様だが、それでも彼女はいつもの習慣は忘れていなかった。七枚の札はきちんとそこに入っていた。

「来なさい! アスモ!」


 早見はズメイが三人に激突する所を目撃した。壁は大破。体育館が大きく揺れた。といっても、これも幻なのだが。あくまでもこれは精神内において起こっている現象に過ぎない。だが、生命は精神に支配されている。精神の異常が脳に伝われば、それは確実に肉体に異変となって表れる。

 舞台上には三人が倒れていた。クロは頭から血を流しており、翼もぼろぼろだ。

「はは……はははははははは!」

 彼は勝利を確信し、幻獣を消した。派手にやり過ぎたが、クロに勝った。復讐を果たした。

「これで満足か?」

「え?」

 次の瞬間早見は背後にクロの声を聞いた。なぜだ? 彼は今目の前に倒れて……。

 振り向くと、そこには倒れているはずの三人の姿があった。誰も傷ひとつ負っていない。

「な……なぜ?」

「後ろを見な」

 また舞台の先を見ると、つい先ほどまでクロ達が倒れていた場所には一匹の兎がちょこんと立っていた。

「……あれは……?」

「七聖獣アスモデウス。その強大な魔力は幻影を操る。あなたと同じくね」

 シロが説明をする。

「お前、幻術をかけた事はあるけど、かけられた事はないんだろ?」

「くそっ……!」

「これでお前を捕まえた(・・・・)あっ!」

 向き直る早見の右頬にクロは電流混じりの拳で触れ(・・)、彼を舞台下まで殴り飛ばした。

「うぼっ!」

「言っとくけど、俺の怒りじゃねーぞ。お前に好き勝手操られたシロの分だ」

「ぐっ……! ぐふっ……!」

 早見はふらふらの状態でなお立つ。

「お前の負けだ、早見」

 その時彼はがばっと顔を上げた。

 しまった! 目が合っちまった!

「……!」

 クロは落ち着いて周りを確認した。しかし、特に何も変化は無い様に見える。

「……?」

 何だ? あいつは何を……。

「クロ!」

 シロが彼を呼んだ。振り返ると……。

「? え?」

 彼女がふたりして(・・・・・・・・)並んでいた……あいつ、こういう事だったのか……くだらねえ。

「いやこっちだろ」

 彼は迷わず左のシロの腕を掴んだ。

「ひょえっ!?」

 彼女はすっとんきょうな声を出す。右側のシロはぱっと消えた。

「だから言ってんだろ。俺達をなめるなって」

「……あのクロ、痛い」

「おう、()りい」

 手を離す。

「ふ、ふふ……」

 早見はどかっと腰を下ろした。

「僕の負けだ」

 その声はどこかすがすがしそうに聞こえた。彼は全ての力を尽くし、満足気な表情を浮かべていた。

「二度とこんな真似はするな」

「ああ、約束は守る」

 早見は胸の内を明かし始める。

「別に君を、ましてやシエルさんを殺す気なんてなかった……最後の方はムキになってしまったけど……。僕はただ、やり場の無い気持ちを君にぶつけたかっただけなんだ。僕の身勝手さ」

「……」

 クロは何も言わずに彼の言葉を聞いていた。

「言ったろう? 君に恨みは無いと。ただ、どうしても許せなかったんだ。かつて故郷を追放され、異界の片隅でひっそりと暮らしている僕達の事なんて何も気にせずにいた君が」

「……早見……俺もお前にひとつ言いてえ事があるんだ」

「ああ、何でも聞くよ。僕は君達にたくさん迷惑をかけた」

 舞台を飛び下りると、クロは早見の前で立ち止まる。そして。

「ごめん」

 と一言告げた。

「……え?」

 早見は呆気にとられた顔で聞き返す。

「俺の先祖が昔お前の先祖に悪い事をしたんだろ? だから子孫の俺が代わりにお前に謝るよ。ごめんな」

「……は、はは、はははははははは……!」

 彼は突然笑い出した。

「何なんだろうね……胸の中にあったもやもやがすっと消えていったよ……簡単な事だったのかもしれないね……」

 ふたりに一段落ついた時、何かがクロの頭にの上にもふっと落ちてきた。とても温かい。

「あらあんた、なかなかかっこいいじゃない」

「? 何だよお前。どうした」

 乗っていたのはシロが召喚したあの兎だった。しかも喋るらしい。

「よかったらこの後、お茶でもいかが?」

「は?」

 これはもしかして、口説かれている? 兎に? 俺が?

「はいはい」

 シロの呆れた声が聞こえた途端、頭が急に軽くなった。兎がいなくなった様だ。彼女が先ほどの札の中に戻したのだろう。

「ごめんね、アスモは色欲が強いから」

「はあ……」

 つまり、エロい兎って事?

 その時それまでしんと静まり返っていた館内に、ぱち、ぱち、ぱちとまばらな拍手が響き始める。やがてその音はどんどん大きくなっていき、気付けば観客全員から送られていた。

「? 何やってんだみんな」

「は、はい!」

 舞台の上で薫が場を取り仕切り始める。

「い、今ので僕ら1年B組のら、乱入型ショーは終わりです! D組のシエルさんにも協力してもらいました! 突然お邪魔して申し訳ありませんでした!」

 ぱちぱちぱちぱち。止まない拍手。まさか、こいつら今までの全部ショーだと思ってんのか? 観客席からは「面白かったー!」「かっこよかったぞー!」などの声が挙がる。

 ……ま、それならそれでよかった。

「さて早見。行くぞ」

「? 行くって、どこに?」

「決まってんだろ、回るんだよ。まだ時間はあるからな。お前に聞きたい事があるが、それは祭りが終わってからだ」

「……わかった」

 早見はふっと微笑むと、差し伸べられたクロの手を取り立ち上がった。

「ほら、シロも薫も、行くぞ」

「あ、うん!」

「ねえママ! あれ本物の羽みたい!」

 ある観客の男の子がそんな事を言った。

「ねえ。本物みたいねえ」


 その後彼らは四人で校内を回り、残りの文化祭を楽しんだ。

 そして。

「んじゃあ答えてもらうぞ。一体誰から俺が天使で、神の一族だって聞いたんだ?」

 祭りは終わり、生徒達が片付けに勤しんでいる中、四人は屋上にいた。誰が早見にクロの正体を教えたのか、それが何者なのか、確認しておく必要はある。

「……ちょっといいかい? 目にごみが入ったみたいで」

「はあ?」

 早見はそう断りを入れ、手鏡を取り出した。

「……………………ごめん、気のせいだったみたいだ」

 少しの間自分の目を確認していたが、もう痛くはなくなったらしく手鏡を仕舞った。

「で、何だったっけ?」

 急に彼はとぼける。

「だから、誰が俺の正体をお前に教えたのかって事」

 少しむすっとしながらクロはもう一度尋ねた。

「ああ、そうか。それは……」

 早見は口を閉ざし思案し始める。

「……ごめん、思い出せない」

「はあ?」

 その返答にクロは苛ついた。

「あのな、もういいだろ? 頼むから教えてくれよ」

「それが、本当に思い出せないんだ」

「だから……!」

 何かを悟ったのか、クロははっとしたような顔になり喋るのを途中でやめた。

「あの、早見君。お願いだから教えてよ」

 シロも早見に頼み込む。

「無駄だ、シロ」

 するとクロは急に態度を変えて彼女に言った。

「こいつ、自分に邪眼をかけやがった」

「え?」

「早見、薫から聞いたけど、お前妹がいるんだってな」

「ああ」

「……大切にしろよ」


「誰なんだろうね、一体」

「さあな」

 学校からの帰り道、早見と薫とも別れ、ふたりは今日の出来事を思い出していた。

「……自分自身の記憶をいじったんだ。そんなあいつに乱暴な事は出来ねえよ。その辛さはお前が一番知ってんだろ?」

「うん……」

 シロは隣を歩く少年を見つめた。彼にも彼なりの優しさがあるのだ。もしかしたら私は、この人のそういう所が好きなのかもしれない。

「ありがとうクロ。私を助けてくれて。私、凄く嬉しかった」

 そういえばきちんとお礼を言ってなかったと思い、彼女は改まって感謝の気持ちを伝えた。

「……友達を助けるのは当たり前だろ」

「うん、友達、だもんね」

 触れられないのが何なのだ。少し切なさを覚えながらも、シロはこの時そう強く感じていた。たとえ触れられなくったって、私はこんなにも彼を感じる事が出来るのだ。ならばそれでいいではないか。心と心が触れ合えれば、それで。

 だから、これからも私は、あなたの事が好きなのだ。

 少女はにこりと笑ってみせた。


 そして、その無邪気な顔を見た少年はかつての少女(・・・・・・)と重ねて心の中で呟いた。

 だから、そんな顔するなよ。

堕天使の逆襲編、これにてお終いです。でも連載はまだまだ続きます。新キャラも投入予定です。これからもよろしくお願いします。

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