第ⅩⅩⅩⅦ話 決戦は文化祭
ひとりぼっちのリビング。クロが呼んだのは少女の名。それは……。
「お兄ちゃん」
クロが学校から帰って来ると、クレアが駆け寄ってきた。
「お帰り~」
満面の笑みを浮かべて彼の帰りを喜ぶ少女。彼女はクロの事が大好きなのだ。
「おう、ただいま」
がしがしと少しだけ乱暴にクロは妹の頭を撫でた。
「えへへ」
それでも彼女は満足している様だ。
「あら、お帰りクロノ君」
「エリー姉ちゃん? ……何だ、来てたのか」
大階段を下りてきたのはエリー。彼の姉、ベルの学校の後輩である。ベルは二年前まで人間が暮らす境界へ天下りをしていた。その任期を終えて十八歳で天界に戻って来た後、特別待遇で一年間だけ高等学校に通い卒業したのである。彼女とはその間に知り合ったのだ。
「もう帰るけどねー」
そう言って彼女は先ほどクロがクレアにしたのと同じ様に、彼の頭を撫でた。ただし彼の様に乱暴にではなく、さわさわと優しく。
「……っ! 子供扱いすんじゃねーよ!」
「はいはい。クロノ君は可愛い大人だね~」
「馬鹿にすんな!」
「……エリーお姉ちゃん、私にも」
ふたりのやり取りを見ていたクレアがエリーにねだった。
「はいはい」
彼女はクレアの頭もなでなで。
「エリー!」
その時階段の上から大声が聞こえた。
「馬鹿! カバンを忘れてどうする!」
「あっ! すいません先輩!」
「相変わらずだな……」
慌てて階段を駆け上がる制服姿のエリーをクロは目で追った。彼女はどんどん高い場所へと上っていき、それに伴い脚もだんだん上の方が見えてくる。
「……」
って、駄目だ駄目だ! 何見てんだ俺は! 少年は顔を逸らして左右にぶんぶんと振った。
「どうしたのお兄ちゃん」
「な、何でもねーよ!」
ベルからカバンを受け取り再び下りてくるエリーに、クロはひとつ質問をした。
「そういやエリー姉ちゃん、就職先は決まったの?」
「えっ!?」
ぎくり、と彼女は反応する。
「……ま、まだです……」
「……大丈夫なの? 何なら神宮殿に来れば?」
「あ、あはは! な、何とかなるよ! じゃ、じゃあ!」
エリーはひらひらと手を振りながら出て行った。
「馬鹿者」
「いて」
こつんと頭を小突かれる。姉だった。いつの間にか階段を下りてきていた。
「そういう事をあんまり聞くんじゃない」
「……そうなの?」
「お兄ちゃん、遊ぼう!」
頭を押さえているクロに、クレアが突然抱き付いてくる。びっくりして彼は体勢を崩しかけた。
「朝約束したよね!」
「えっ!?」
彼はどきりとした……そんなんしたっけ。
「……あ、わ、悪い……」
先ほど友人とこれからサッカーをする約束をしてしまったのだ。彼女との約束はすっかり忘れていた。
「そういえば昨日もう友達と今日の放課後に遊ぶ約束しててさ……」
クロは嘘をついた。それに遊びたがりの小学生。年下の妹と遊ぶよりも同い年の男友達と遊ぶ方が彼にとっては魅力的に思えた。
「え~~~~~~~~!」
クレアは頬を膨らませる。
「だから……また明日な!」
「……む~~~~~~!」
少年は逃げる様に自分の部屋へと走って行った。
「おやおや、残念だねえクレア」
その時彼らの両親が現れる。神と、その妻だ。
「お父さん遊んで!」
幼い妹は今度は父に甘える。
「いや……悪いけどお父さんとお母さんにはこれから大事なお仕事があるから……」
困る父。それを聞いてベルは彼に尋ねる。
「こんな時間に? 何の仕事?」
「ああ、ハイディルタス研究所の視察だよ」
「研究所視察?」
「ああ。ちょっとした研究過程のね」
「何の研究をしているの?」
「ごめんベル。それは言えないんだ。国家機密だから」
「そう……」
「ただ、とても凄いもの、とだけ言っておこう」
「連れてって!」
クレアがふたりの会話に割って入る。
「ええ?」
「連れてって連れてって! ねえお父さん、お願い」
駄々をこねる少女。無邪気な瞳で父を見つめる。
「……わかったわかった」
「あなた、いいの?」
母が不安そうに尋ねた。いくら幼いとはいえ、国家機密を研究している場に連れて行く訳には……と思っているのだろう。
「まあまあ、向こうで所員に見てもらっていればいいだろう。よしクレア、じゃあ行くぞ」
「うん!」
クレアは嬉しい声を上げた。
「じゃあベル、行ってくるよ」
「行ってきま~す」
「あ、うん。行ってらっしゃい」
並んで歩く両親と妹の後ろ姿をベルは見送った。
それが彼女が見た、彼らの最後の姿だった。
クロがその知らせを聞いたのは友人達と町中の広場でサッカーをしていた時だ。
神宮殿に仕えている者達が突然やって来た。
神様と皇妃様、それからクレア皇女様が訪れられたハイディルタス研究所で爆発事故が起こりました。
「……」
懐かしい夢を見た。
「……」
クロはきょろきょろと部屋を見回す。リビングのソファーで寝てしまっていた。
「……もう朝か……」
午前六時過ぎ。今日は平日。
「……やなもん思い出しちまったな」
シロの姿は、無い。あいつは重なるんだよ、妹と……。
彼は朝食の準備を始めた。
「だっ……堕天使……!?」
昼休みの屋上。クロは薫とふたりで昼食をとっていた。今日は昨日と違い、ここには数組の生徒がいる。
「そうだ。だから早見には気を付けろ」
「きっ……気を付けろったって、どうしろっていうのさ! それに堕天使って何な訳!?」
うろたえる彼にクロは説明をする……ほんとにこいつは、海ん時は悪魔の面倒事に巻き込まれて、運が悪い奴だ。
「堕天使ってのは、天界から下界、つまりこの境界に堕とされた天使の事だ」
「それは……追放されたって事?」
「そ」
フェイスのねーちゃんは例外だけど。それに魔界に堕とされたし。
「昔の天界では、刑のひとつに堕天刑があったんだよ。死刑の次に重い奴。そん時はまだ天界と境界を結ぶ次元の穴があってさ」
「そっ、それじゃあ早見君のご先祖様は昔、天界で悪い事をしたって訳?」
「ん~、どうやら違うっぽい」
「え?」
昨夜家に帰った後ベルと連絡を取り早見の事を伝えた。すると彼女から返ってきた説明は次の様な物だった。
「昔の天界には、神の一族以外にも特殊な能力を持ってる奴等がいたみたいなんだ。だけどそいつらは危険な事をする可能性があるからってんで、俺の先祖、つまり神なんだけど、が次々と一族ごと堕天させたらしいのよ」
「悪い事をしてないのに?」
「みたいね」
「それは……酷いね」
「まあな」
「でもだからってクロノ君に嫌がらせをするのは違う気がするけど。それに……」
「ああ。関係ねえシロまで巻き込みやがった。あいつはぜってー許さねえ」
クロは最後の一言に力を込めた。
「あいつの能力は邪眼っていって、目を合わせた奴を思い通りに操るらしい。それに幻も見せられるとか」
邪眼という言葉をベルに伝えると、その詳細を彼女は教えてくれた。そして最後に「気を付けろよ」と珍しく彼の心配をして通信を切った。
「幻術……って奴?」
「そう。だから絶対にあいつと目を合わせるな。野郎、俺には使わねーって言ってやがったけど、友達のお前にはわかんねーからな」
「目を合わせない、か……わかった」
薫はこくんと頷いた。
「あいつは文化祭で決着を付けようって言った。勝負は1日限りだ」
「何か手はあるの?」
「……一応な」
「どんな?」
「えっとな……」
クロは昨夜考えた作戦を彼に話す。
「……なるほど」
薫はうんうんと首を振った。
「あいつが文化祭を指定してきたのは多分、動きやすいからだ。部外者がいっぱい来るからその分人混みに紛れやすくなる。何で鬼ごっこなのかは知らねーけど。だったらこっちも、それを利用するんだ。頼む薫、力を貸してくれ」
クロは改まった後、薫に頭を下げた。
「……! や、やめてよそんなの。クロノ君らしくないよ」
しかし彼は黙って頭を下げ続けていた。まだ返事を聞いていないからだ。クロらしくない。そんな事はわかっている。そのらしさを捨ててこうして頼んでいるのだ。
「当たり前じゃないか! シエルさんは友達だし。僕が手伝える事は何でもするよ」
「……!」
親友の答えを聞いてクロは頭を上げる。
「やっぱお前は最高の友達だよ!」
「あ、はは、そうかなあ……少しはかっこよかった?」
「おう!」
柵の向こうの空、それよりもさらに遠くをクロは見つめた。その先に見えるものは……。
「奪われたもんは奪い返す。必ずな」
そして彼はコーヒー牛乳を一気に飲み干した。
やっとクロの過去に触れました。ほんとはクロ達が三姉弟妹だという事は終盤まで隠しておくつもりだったんです。でもここで挟んだ方が彼の心情を出しやすいと思って予定を大幅に変更しました。これでひとつ、謎が解消されましたね。





