第29 ⅩⅩⅨ 二十九話 ときめきの砂浜
海に来たシロとクロ一行。王女を見つめる謎の男……。
「見間違いじゃないんだな?」
アゼルは鋭い目で尋ねてくる。
「は……はい! 確かにあれはシエル王女様でした!」
「もしほんとにそうなら……!」
ペルは弾んだ声を出した。
「あ、ああ! 俺達……!」
その言葉をガインが繋ぐ。
「……よし。動いてみる価値はありそうだな。海から帰っちまう前に王女様を捕まえる。行くぞ、ペル、ガイン」
「あいあいさー!」
三人は腰を上げた。
楽しい時間はあっという間に過ぎていくものだ。日はもう暮れ始めていた。人々で賑わいを見せていた海水浴場もすっかり静まり返り、波の音がざざあと響いていた。
黄色い砂浜を、薫はソフトクリームを両手に走っていた。その視界の奥に、シロと一緒にいるクロの姿が入る。いたいた。
「お……!」
彼は声を上げようとした。だが急に誰かに口を塞がれてしまう。
「むぐもご……!」
「はいスト~ップ」
「むご?」
見るとその正体は陽菜だった。隣に結もいる。彼女は薫が自分に気付いたのを確認するとすぐにその手を離した。
「ぷはっ。何するのさ佐倉さん」
「邪魔しちゃ駄目だよん」
「邪魔? 何を?」
「あれ」
結が指を差す。その先には先ほど彼も見たクロとシロの姿。
「あれって…………」
少し考える。
「……邪魔って……ええっ!?」
彼女らが何を言いたいのかを薫は察した。男と女がふたりっきり。
「いい雰囲気なんだから」
ん~~~~……。
少年は波の音を聞きながら水平線を眺めていた。
……ん~~~~~~~~……。
「……」
彼のそばでシロも同じ様に彼方を見つめている。
……。
何か、おかしい。彼は直感的にそう思った。
薫にソフトクリームを買いに行ってもらって、いつの間にか陽菜と結もいなくなって、気付けばシロとふたりになって、何となく浜辺を歩いていたんだけど。
こいつとふたりって、こんなに緊張したっけ?
ちらりと彼女に目をやる……恰好のせいか……? 水着なんて着てるから、いつもと違う雰囲気になるのか……? 何か今日、こいつおとなしいし。いつもおとなしいけど、今日は特に静かというか……もしかして怒ってんのか……? 俺何か怒らせる様な事したっけ……。
すると不意に彼女と目が合い、クロは慌てて視線を戻した。
また、だ。また目をそらされた。
今日のクロは何だか様子がおかしい。今の様に目をそらされたのはもう何度目か。
……水着、似合ってないのかな……。
そんな事を考えると、いつもの様に彼に話しかける事が出来ない。何だか、気まずいな……。
「……静かだね……」
やっと話しかける事が出来た。しかしまだ緊張している。
「ああ。あんなに賑やかだったのにな」
クロは振り向かないまま言葉を返した。
「……」
「……」
「終わっちゃう、ね……」
「……まだ夜があるじゃん。ホテル」
「……うん。そうだね」
「でも、夏休みも終わっちまうなあ……」
「あっという間だったね」
「ああ」
「……」
「……」
「……ねえ」
「ん?」
ここで少女は意を決して聞いてみる。
「……もしかして、この水着おかしい……? 似合ってないとか……?」
「はあっ!?」
彼はびっくりした声を出してついに振り向いた。
「……」
「……何だよ急に……!」
「……だって、今日クロ、何だかそっけないし……その、もしそうだったらそうって言ってくれればいいから。別に私、怒んないし」
「ばっ! 馬鹿言うなよ!」
「ほんとだよ? 怒んないよ」
「そっ! そっちじゃねーよ!」
「?」
「……べ、別に……似合ってねー事ねーよ」
「……! ほんと……?」
「……2回も言わせるな……!」
クロはまた顔をそらす。
「じゃ、じゃあ、何で今日そんなにそっけないの?」
シロは思わず彼に詰め寄っていた。
「そ、それは……!」
つられて彼はたじろぐ。彼女が一歩近付く度に一歩後ろへ。一歩近付く度に後ろへ。
「ねえ、どうして?」
「……うわあっ!」
突然彼は体勢を崩した。砂浜で足を滑らせるのも珍しい。
「あっ!」
急いでシロはその腕を掴んだ。瞬間、いつかの感覚が彼女の体を襲った。びりりと電流が走る様な感覚。握った手を離した時はすでに彼女も彼に引かれて倒れ始めていた。
「……」
「……」
ふたりは見つめ合っていた。仰向けのクロに覆いかぶさるシロ。ああそうだ。今のは恋する感覚だ。
「……」
「……」
クロは今度は目を離さなかった。うっすらと口を開けてずっとシロの瞳を見つめていた。今のこの状況をどうすればいいのか理解出来ずにいる様だった。
シロも同じだった。彼が何かしら喋ったり、動いたりしてくれればいいのだが何も話さないし身動きひとつとらないためどうすればいいかわからなかった。
この時彼女はやっと今日クロと向き合った気がした。今ふたりは間違いなく同じ空間、同じ時間、同じ感覚を共有している。
そしてなぜ自分も何も言わないし身動きひとつとりもしないのかも真に理解する事が出来た。私は願っているのだ。このままでしばらくいたいと。あなたとふたり、周りから切り取られてこの浮遊にしばし浸っていたいのだ。あな、かの時少女は狂ほしきほどに恋焦がれたり。
どくん、どくんと心臓が激しく高鳴っている。クロにも聞こえてしまいそうなくらい。いっその事聞こえてくれればいいのに。そうすれば、この思いの丈を打ち明かす事が出来るのに。ねえ、あなたの耳には今どんな音が聞こえているの? あなたの目には今何が見えているの? 私には今、あなたしか見えない。
ああ、今なら言ってしまえそうだ。あなたが好きと。言ってしまおうか。先ほどから波もずいぶん激しくなっている。
「……ク、クロ……!」
「……な……何だ……?」
クロの顔は真っ赤だ。夕日に照らされているせいか。それとも、私の顔を映しているのか。
「私……私ね……!」
ざばあっ。波が堤防を越えた。
「……おふたりさん何やってはるんですか」
「! ひっ!」
突然かけられた声にシロはもう何が何だかわからず慌てて体をクロの上からどかした。
ギルバートが海から姿を現していた。
「ギ、ギギギギギギギギギル!? な、何なの急に!?」
「いやー、もうそろそろ潮時や思いまして、海だけに、引き揚げてきた所です。海だけに」
その手に持ったネットには貝殻や、きらきら光る小さな石などが入れられていた。今まで潜って採り続けていたのだろうか。
「そ、そそそうなんだ! た、たくさん採れたみたいでよかったね!」
「にしてもおふたりさんは何をやってはったんですか」
「な、なな何もしてねーよ!」
クロも焦った様に起き上がる。
「ちょ、ちょちょちょっとこけちまって。な!? シロ」
「う、うん!」
「? 何をそない慌ててますねん」
「べ、べっつにい!? ぜんっぜん慌ててないわよ!」
「お~い、シロクロちゃ~ん!」
その時陽菜達もやって来た。今までどこに行っていたのか。
「陽菜! 結! どこ行ってたの?」
「ちょっとお手洗いに」
「薫! ソフトクリームは?」
「え? ああ、食べられちゃった」
「おいしかったよクロちゃん」
「おい! 人のを!(言える立場ではない※第22話参照)」
「まあまあ。後でおごってあげるから」
つい今しがたまでとは打って変わってふたりの周りは賑やかになった。本当に、さっきの時間は夢の様だった。
全員が揃った所で一行はホテルに戻る事にし、海を後にした。
前回を書き終えた時点で今回のふたりのシーンを思い浮かんだので、書いてみた結果思いの外長くなっちゃったので今回はここで一区切り。第1話ぶりですね。予定を変えて切ったのは。前作を踏まえて本作は極力一話で話を少しでも進める様にしてるんですけど、今回はちょっと例外です。でも、やっとラブコメっぽい。





