第26話 束の間の帰省(王女編)
フィリィと仲良くなりました。
「それじゃ、気を付けてな」
「うん、お互いね」
シロとクロはロイヤルハイム浅川を出るとそれぞれ反対方向に歩き出した。
「……今なら大丈夫かな」
きょろきょろと周りを見渡して、人の目が無い事をシロは確認する。
「……よし!」
彼女は大きな翼を広げた。バサバサと二度、三度はためかせた後とっと地面を跳ね、少しずつ少しずつ上昇していく。そのまま5mほど上がると、勢いを付け空へと羽ばたいた。地上から100mあたりの位置でポケットから札を出す。
彼女が境界に行く時に使った物とは少し違う。ギルバートから借りてきた物だ。回数に限りがあるため彼はしぶしぶといった表情だったが。
「よろしく!」
札に反応する様に彼女の向かう先の空にぽっかり穴が開いた。彼女ひとりが通れるほどの小さな穴だ。ギルの話通りね。私が前使ったのよりも全然小っさい。これなら周囲への影響も大した物ではなさそうだ。
穴の中に入ると辺りは薄い闇に覆われた。相変わらず怖い所だなあ、ここ。彼女は目をつぶる。
三分ほど次元の狭間をさまよった後、前回と同じくシロは突如として別空間へ飛び出した。
「わっ!」
慌ててブレーキをかける。
「……わあ……」
王女の前にはもはや懐かしい景色が広がっていた。ダークブルーのくすんだ快晴の空。遠くに連なる山々。足元には荒野。それを走る一台の馬車。
「……ただいま」
彼女は魔界に帰って来た。
時は八月の半ば。何でも日本ではこの時期、生家に帰省する習わしがあるそうな。
という訳で、シロもクロも一時故郷へと帰る事にしたのである。
「おお……シロ……シロ!」
王女はアインシュタット大魔城にて、四か月ぶりに父と再会した。
「ジロ~~~~~~~~~~!!」
彼は少しも変わっていなかった。まるで子供の様に泣きじゃくりながら彼女をきつく抱き締める。
「ジロ! ジロ! 父さんは……父さんは心配したんだぞ~~~~~~~!」
「痛い……痛いよお父様……」
彼の柔らかい頬がぶにぶにとシロの頬に当たる。やっぱりお父様、変わってな……。
「……お父様、少し太った?」
「うっ!!」
魔王の動きが止まった。
「シエル様」
同じく謁見の間にいたサバスが彼女に声をかける。
「サバス」
「本当に、ご無事で何よりでございます」
「ありがとう」
「お嬢様」
もちろんフェイスもいる。
「お帰りなさいませ」
「うん……ただいま」
「はっ!」
何かを思い出した様に魔王は顔を上げた。
「いけない! 皆がお前の帰りを待ち望んでいたんだ! さあシロ、早く外へ出て皆にごあいさつをするんだ」
それからシロは三人と共に外の大階段へと出て人々に顔を見せた。旅立ちの時と同じだ。夜は彼女の一時帰省を記念してパーティーが開かれた。このパーティーには城の関係者や他国からの賓客だけではなく、一般の国民も自由に参加していた。これを皮切りに、明日からシロが魔界に滞在する一週間、城下町では祭りが開かれるらしい。一時の帰省なんだから、そんなに大袈裟にしてくれなくてもいいのに、と彼女は思った。
一日目は旅の疲れもあり、王女はぐっすりと睡眠をとった。
そして翌日。彼女が起きたのは昼過ぎだった。カーテンを開けると太陽はすでに真上に昇っていた。ちょっと寝過ぎちゃったかな。城のベッドは境界の彼女の部屋の物とは違ってかなりふかふかしており、寝心地が格段に違っていた。快眠してしまうのも無理はない。
着替えと食事を済ませると彼女はある物を受け取るためにフェイスの部屋へと向かった。フェイスは今日は午後から休みをもらっているらしい。しかし書類の作成がまだ終わっていないとかで自室でひっそりと仕事の続きを行うそうだ。
シロが訪れると、彼女は笑顔で迎えた。
「お嬢様、お待ち致しておりました」
「ごめんね、お仕事の邪魔して」
「いえ、何をおっしゃるのでございますか。お嬢様のためならば私の時間などいくらでもお割き致します」
「そ、それで、は、早くあれを……!」
シロは食い気味に答えた。
「あ、はい。こちらです」
フェイスは机の上に置いていたそれを彼女に手渡す。
「……はあ……!」
ぽっと少女の頬は火照った。その表情を逃さずフェイスはシャッターを切る。
シロが受け取った物は写真だ。以前フェイスが境界を訪れた時に、別れ際に撮った写真。シロとクロのツーショット写真だ。
「ありがとうフェイス!」
「いえ、きれいに現像出来ているでしょうか」
「うん! ばっちり!」
「ならばよかったです」
「それじゃあ、明日楽しみにしてるね」
「はい。私もでございます」
小さく手を振ってシロはフェイスの部屋を出た。明日、彼女と祭りに行く約束をしているのだ。
「ふふ~ん」
城の大きな廊下を歩きながら彼女は上機嫌で写真をかざした。そこにはふたりがきれいに写っている。帰ったら机の上にでも飾ろっと。……帰ったら? 大魔城が私の本来のお家なのに。変な感じ。
その時、風がぴゅうっと吹いた。
「あ」
指先で摘まんでいた写真はぴらっと彼女の手を離れ、そのまま床に……落ちずに、あろう事か開けられていた窓の外へと出て行ってしまった。
「ああ!?」
シロは腕を目いっぱい伸ばす。しかし届かない。
「嘘でしょ!?」
写真は風に乗ってひらひらと流れていく。彼女が窓から顔を出した時また、一陣の風が吹いた。今日は風が強い日らしい。
「ちょっ、ちょっと待って!」
窓の縁に足をかけ(行儀が悪いが)、翼を広げて空へ身を投げ出そうとした時、彼女の目はある光景を捉えた。
焼却炉で使用人がごみなどを処分している光景……次に写真に目を戻す。それから写真の今後の軌跡を予測する……このままでは、あの写真は焼却炉に入ってしまいそうだ……。
「や、やめてー!」
彼女は大声を出して二階から飛び降りた。その声にごみを処分していた使用人の若い男が反応する。
「お、王女様!? 何をされているのです!?」
「そ、その戸を閉めて! 少しの間でいいから! 早く!」
ひら……ひら…………。
「え? 戸って、この焼却炉のですか?」
「いいから! 早く! 早く!!」
ひら……ひら……。
「しかし、まだ作業の途中なのですが」
ひら……。
ああっ、もう駄目!
「ウォ……ウォーブル!」
「わあ!」
呪文を唱えて人差し指を写真目がけて突き出す。ごおっと風が吹いて写真は再び舞い上がった。軌道修正成功! でも……。
「ちょっと強過ぎた!」
写真は勢いを付け遠くに流れていく。
「ああっ! もう!」
シロはその後を追った。
「おっ、王女様! 何をされるのですか! ごっ、ごみが!」
今の魔術で彼が抱えていたごみも一緒に吹き飛ばされ散らかってしまったらしい。
「ごっ、ごめんなさい!」
宝物を守るためだったのよ……。
「ふんふんふ~ん」
写真を追った彼女の前に次に現れたのはサバスだった。珍しく鼻歌を歌っている。
「いや~、こんなに晴れていると、作業がはかどるなあ。元気に育ってくれよ~」
小さな私農地で作物に水をまいていた。一方写真は、今度はその畑の方に落ちていく。水まき……水……今度は水!?
「サ! サバス!」
ひら……ひら…………。
「はい? あ、シエル様。浮遊されていらっしゃるのでございますか?」
ひら……ひら……。
「いいから水を止めて!」
「はい? しかし、今はじっくりと水分を与えてあげなければ……」
「少しでいいのよ!」
ひら……。
「ああもう! ウォーブル!」
ぶわっ。
「ひっ!」
再び風の呪文。写真と共にサバスの麦わら帽子も飛んでいく。写真は外壁を越え、城の外へと旅立っていく……。
「ああ! 野菜が!」
地上でサバスが嘆いていた。さっきの強風で農作物になかなかのダメージを与えてしまった様だ。
「ごっ! ごめん! え~と……アレムスト!」
どっと畑の上に雨を降らせる。これで許して。
写真を追って、王女も城の外へ向かう。
アインシュタット大魔城を取り囲む様に城下町が広がっている。城を出ればそこはもうすぐに町なのだ。城の外では賑やかな祭りが行われている。この人混みの中、誰かに踏まれでもしたら……地面に落ちる前にあの写真を取らないと! シロは着地した。今度は空から写真を追うのではなく、地上から落下地点を予測しながら追う事にしたのである。
しかし、この行動が間違いだった。
「あ! 王女様だ! シエル王女様だ!」
母親と共に祭りに来ていた少年がシロの姿を見て歓声を上げた。その声に他の人々もぞろぞろを集まってくる。
「本当だ! 王女様だ!」
「かわいい!」
「サインちょーだい!」
すっかり取り囲まれ、身動きが取れない。
「ちょ、ちょっと……!」
ぴょん、ぴょん、と跳ねながら先を見る。写真はどうやら……今度はずっと先にある馬車の中に入っていった……ま、まあ、馬車の中なら一応は安全かな?
「え、えーと……!」
とにかくこの人だかりを何とかしなければ。
「とりあえずサインは10人までです!」
その後、何とか群衆を抜け、シロは先ほどの馬車を追いかけた。町の人にあの馬車の事を聞くと、隣町のバレットまで向かう貨物車との事だった。
五分ほどの飛行ですぐに見付ける事が出来た。崖を繋ぐ橋を渡り始める所だった。
「いた!」
すぐに馬車へと降りていき、中に入る。誰もいない。食料品や飲料品が入った木箱が積み込まれているだけだった。そしてその床に。
「あっ! あった!」
写真は無事に落ちていた。破れてもいなければ、濡れてもいない。少し汚れているけれど、大した問題ではない。よ、よかった……。
その時、車が大きく傾いた……え? 体勢が崩れる。
馬車は深い深い谷底へと落ちていた。何がどうなっているのか、理解するのに少し時間がかかる。
きっと強風で橋が壊れたんだ!
急いで車から脱出する。空へ上がると老いた御者がそこにいた。
「お、王女様!? なぜ車の中に……!?」
「ちょ、ちょっと探し物をしていて……それよりケガは?」
「ありません。ですが馬と荷物が……」
「大丈夫です。アトルフ!」
シロが呪文を唱えると共に落下していた二頭の馬と車、それから貨物は動きを止めた。
「ごめんなさい。少し漏れがあるけど」
さすがに落ちている全ての貨物を浮かせる事は出来なかった。だが八割は残っているだろう。
「いえ! そんな……馬さえ生きているだけでもう! ありがとうございます! 凄い……これが王家のお力ですか……この歳になると魔力もすっかり衰えてしまいまして……」
「王家の力は大衆のためにある物ですから。お父様に橋の整備をきちんとお願いしておきますね。私達の管理の問題もあったでしょうから」
それからシロは浮き上がらせた馬と車、貨物を向こうの崖の上まで運んだ。御者は何度も礼を言っていた。
「ふ~~~~~~~~~」
その日の晩。王女は大浴場にひとり浸かっていた。
「今日は……今日はほんとに疲れた……何か私、この夏休み疲れてばっかり」
城に帰るとサバスに怒られたが、橋の事故の件を伝えると何とか許してもらえた。あの焼却炉の人にも謝らないと。
写真を必死に追いかけた事をフェイスに伝えると「オリジナルが私の手元にございますので、もし燃えたり濡れてしまったりした場合でも言って下さればまた複製致しましたのに」と彼女は言った。
そういう問題じゃないのよ。何ていうか、上手く説明出来ないけど。またもらえばいっかって。簡単に出来る事じゃないの……言い得ぬのは、彼女がまだ子供だからか。
帰って来る時は写真をポケットに入れた。もう飛ばされない様に二度とそこから出さなかった。そう、二度と……二度と…………二度……と……。
「……あぁっ!」
……二度と出さないまま洗濯へ回した……回してしまった……。
「……」
締め付けられる心臓。渦巻く感情。頭の中に砂嵐。
「……フェイスに複製頼もう……」
今回書いてて思ったんですが、フェイスってどんな仕事してるんでしょうねえ(笑)きっと城内の雑用とか政治の補助とかそれから兵士への指導とかでしょう。うん、そうします!
 





